ドメスティケーションの民族生物学的研究
目的
人類史上、植物栽培および家畜飼育の開始は食糧の採集から生産へと画期的な変革をもたらした。そのきっかけになったものこそは、英語でドメスティケーション、日本語で栽培化および家畜化とよばれるものである。このドメスティケーションは、人類が動植物を自分たちにとって都合の良いように改変することであり、その結果生まれたものが作物および家畜である。したがって、動植物のドメスティケーションは農耕や牧畜の起源とも密接な関係をもち、考古学や人類学、農学などの分野で大きな関心がもたれてきたが、ドメスティケーションの全体像は明らかになっていない。そこで、本共同研究は、このドメスティケーションの具体相を明らかにし、最終的には人類にとってドメスティケーションとは何であったのかを明らかにしょうとするものである。
研究成果
ドメスティケーションに関する研究は、これまで考古学や人類学、農学など、それぞれの分野で個別的におこなわれてきたが、ドメスティケーションは、人間と動植物との長く、かつ密接な共生関係のなかで生まれたものであり、その関係を究明するためには様々な分野の知見を必要とする。このような観点から、本共同研究は、民族学(人類学)はもとより、植物学、遺伝学、家畜学、その他、関連諸分野の研究を統合して、ドメスティケーション研究に新たな視座を得ようとするものであった。このような人文科学と自然科学との横断的な共同研究により、これまで断片的にしか研究されていなかったドメスティケーションの全体像を明らかにすることができた。とくに、これまでのドメスティケーション論で欠落していた視点、すなわち人による動植物に対する価値観や宗教観、さらには経済原理などとドメスティケーションとの密接な関係が明らかにされたことは特筆すべき成果である。
さらに、民族生物学という新たな学問分野の確立にむけても大きな成果があった。現在、研究はいずれの分野においても専門化、細分化する方向にむかっているが、そのような動向に対して本研究は人文科学と自然科学を総合しようとする挑戦的な試みであった。そして、その成果は閉塞感が漂う現在の文化人類学に大きな刺激を与えるものとなろう。
2006年度
1泊2日の共同研究会を4回程度実施する予定。本年度は最終年度にあたるため、研究会の後半では報告書の刊行にむけての準備も開始する予定。
【館内研究員】 | 池谷和信、野林厚志、ピーター J. マシウス |
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【館外研究員】 | 阿部健一、石川裕子、稲村哲也、大山修一、落合雪野、河瀬真琴、川本芳、木俣美樹男、塙狼星、小松かおり、阪本寧男、佐治靖、佐藤洋一郎、重田眞義、末原達郎、土屋和三、藤倉雄司、縄田栄治、西本由利子、仁田坂英二、根本和洋、福永健二、藤井純夫、松井健、本江昭夫、三浦励一 |
研究会
- 2006年7月16日(日)13:00~(第6セミナー室)
- Peter J.Matthews「Pandanus tectorius('adan') in southern Japan」(仮題)
- 山本宗立「東・東南アジアにおけるキダチトウガラシ(Capsicum frutescens)の多様性 ─ 道端に自生する香辛料 ─」
- 2006年7月17日(月)10:00~(第6セミナー室)
- 佐藤靖明「東アフリカ高地系バナナの品種多様性をめぐる人びとの認識と行為 ─ ウガンダ中部ブガンダ地域の事例 ─」
- 山本紀夫「何が品種の多様性を生むのか ─ 民族学・考古学・歴史学の視点から」
- 打合せ(9月研究会、今後の発表予定、成果発表・出版について)
- 2006年9月1日(金)13:30~(帯広畜産大学)
- 「帯広近郊ジャガイモ栽培農家および加工工場見学」
- 2006年9月2日(土)9:00~(帯広畜産大学)
- 佐治靖「ニホンミツバチの伝統的養蜂にみる半家畜化」
- 斎藤玲子「アイヌと北方先住民の植物利用の比較」
- 「帯広畜産大学試験圃場および家畜飼育の見学
- 2006年9月3日(日)9:00~(帯広畜産大学)
- 平田昌弘「ミルク加工と牧畜民」(仮題)
- 福永健二「トウモロコシの起源とテオシント ─ 系統進化と栽培化遺伝子」
- 2006年12月9日(土)9:30~(総合地球環境学研究所)
- 川本芳「アンデス高地で利用されるラクダ科家畜の遺伝的特徴と家畜化をめぐる問題」
- 藤井純夫「砂漠のドメスティケイション:ヨルダン南部ジャフル盆地の遊牧化」
- 大田正次「ドメスティケーションの場としてのムギ畑」
- 「総合討論」
- 2006年12月10日(日)9:30~(総合地球環境学研究所)
- 河瀬眞琴「未定」
- 木俣美樹男「雑穀の栽培化過程 ─ キビとコラティの比較を中心に」
- 縄田栄治「野菜のドメスティケーションを考える」
- 「総合討論」
- 2007年3月24日(土)13:30~(第6セミナー室)
- 河瀬眞琴「アワの起源とアジアにおけるモチアワの進化」
- 末原達郎「栽培植物の多様性と経済原理」
- 成果出版打ち合わせなど
- 2007年3月25日(日)13:00~(講堂)
- 山本紀夫教授 秩父宮記念山岳賞受賞および定年退職記念公開シンポジウム「登山・探検・フィールドワーク ─ 地球の高みにむけて ─」
研究成果
本年度は、最終年度にあたっていたため、成果の刊行にむけて、これまであまり扱えなかったトピックスに焦点をあてた。すなわち、品種の多様性や分化、ドメスティケーションと経済原理、遺伝子組み換えなどによる近年の品種の創出などである。これらの発表および議論を通して、ドメスティケーションは従来の人類学が扱ってきたような過去の問題だけではなく、すぐれて現代的なテーマになり得ることが明らかにされた。このような新しい知見を得たことにより、本共同研究会の成果は単行本として刊行することで班員の意見が一致、どのような刊行物にするかについての議論も重ねた。
2005年度
【館内研究員】 | 池谷和信、野林厚志、ピーター J. マシウス、松井健(客員) |
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【館外研究員】 | 石川裕子、稲村哲也、大山修一、落合雪野、河瀬真琴、川本芳、木俣美樹男、塙狼星、小松かおり、阪本寧男、佐治靖、佐藤洋一郎、重田眞義、土屋和三、藤倉雄司、縄田栄治、西本由利子、仁田坂英二、根本和洋、福永健二、藤井純夫、本江昭夫、三浦励一 |
研究会
- 2005年6月25日(土)13:30~(京都大学時計台記念館2階会議室III)
- 山越言「ヒトの進化における採食ニッチの変遷 ─ 栽培に続く長い道のり」
- 市川光雄「中央アフリカ狩猟採集民の環境利用と移動生活」
- 安岡宏和「カメルーンのバカ・ピグミーによる野生ヤムの疑似栽培」
- 2005年6月26日(日)9:30~(京都大学時計台記念館2階会議室III)
- 竹沢尚一郎「ニジュール川中流域における穀物栽培の起源 ─ 西アフリカの農業起源論との関係で」
- 池谷和信「アフリカ南部におけるスイカの採集と栽培について」
- 2005年10月21日(金)14:00~(鹿児島大学総合研究博物館他)
- 落合雪野「植物のビーズ」
- 根本和洋「抹殺された新大陸起源の作物」
- 2005年10月22日(土)9:00~(鹿児島大学総合研究博物館他)
- 藤倉雄司「知られざるアンデスの雑穀」
- 小松かおり「バナナの品種多様性」
- 仁田坂英二「日本における伝統園芸植物のドメスティケーション」
- 2005年12月10日(土)13:30~ / 11日(日)10:00~(第5演習室)
- 佐藤洋一郎「遺伝学からみたドメスティケーション」
- 宇田津徹朗「中国におけるイネの起源」
- 野林厚志「中国福建省客家のブタ飼養」
- 松井章「考古学におけるブタ研究の現状 その肯定論と否定論」
- 2006年3月24日(金)13:30~(第3セミナー室)
- 山本紀夫「ジャガイモの栽培化とその展開」
- 大山修一「ラクダ科野生動物とジャガイモ野生種の生態」
- 2006年3月25日(日)9:30~(第3セミナー室)
- 土屋和三「ネパール・ヒマラヤにおける野生サトイモ科植物の利用」
- 落合雪野「東南アジア大陸部山地のジュズダマとハトムギ ─ 過程としてのドメスティケーションを考える試み ─」
研究実施状況
上記のように4回にわたり共同研究会を実施し、18本の発表およびドメスティケーションに関する討論をおこなった。
研究成果
上記の発表題目に見られるように、本年は家畜および作物のドメスティケーションの過程を文化人類学のみでなく、自然人類学や霊長類学、考古学、農学、遺伝学など多面的な角度から把握しようと試みた。また、栽培植物では、イネやジャガイモ、バナナなど世界的に重要なものだけでなく、ジュズダマやキヌア、カニワ、アマランサスなどの、いわゆるマイナー・クロップも取り上げ、そのドメスティケーションのプロセスを検討した。その結果、動植物ともに、ドメスティケーションのプロセスでは人間との密接な関係が指摘できるものの、野生ジャガイモのように人間が関与しないで栽培化へのプロセスをたどったとみられるものも存在しそうなことが明かになった。今後は、このような例が他の家畜や栽培植物でも見られるのかどうか、さらにドメスティケーションにおける法則性を探ろうとしている。
共同研究会に関連した公表実績
- 人間文化機構 第3回公開シンポジウム 「ヒトが創った植物たち」2005年10月6日 東京・有楽町朝日ホール
- 基調報告 山本紀夫「栽培植物の源流-トウモロコシ・トウガラシ・ジャガイモ」
- パネル・ディスカッション 山本紀夫・辻誠一郎・小笠原亮・鷲谷いづみ・佐藤洋一郎(司会)
- 本シンポジウムの成果は、「人間文化」3号(2006年)の特集号として刊行されている。
2004年度
【館内研究員】 | 池谷和信、野林厚志、ピーター J. マシウス |
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【館外研究員】 | 石川裕子、稲村哲也、落合雪野、河瀬真琴、川本芳、木俣美樹男、小松かおり、阪本寧男、佐藤洋一郎、重田眞義、土屋和三、藤倉雄司、縄田栄治、西本由利子、仁田坂英二、根本和洋、本江昭夫、松井健、三浦励一 |
研究会
- 2004年1月29日(土)13:30~ / 30日(日)9:30~(第5演習室)
- 山本紀夫「研究会を始めるにあたって」
- 坂本寧男「穀類の起源を探った私の50年」
- 松井健、佐治靖「野蚕からムシのドメスティケイションを考える」
- 稲村哲也「インカの集団追い込み猟チャクとその再生」
- 2005年3月29日(火)13:30~ / 30日(水)9:00~(日本新薬山科植物資料館)
- 秋田徹「薬草のドメスティケーション」
- 重田眞議「ドメスティケーションとは何か」
- 三浦励一「雑草とは何か」
- 本江昭夫「家畜とは何か」
研究成果
本共同研究会は、人文科学と自然科学との横断的なものであり、いわゆる「文理融合」をめざしている。そのため、まず、ドメスティケーションとは何か、ドメスティケーションにかかわる半栽培、雑草性、家畜などの概念を自然科学および人文科学の両面から検討した。