国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

『夷酋列像』の文化人類学的研究

共同研究 代表者 大塚和義

研究プロジェクト一覧

目的

『夷酋列像』は、1789年(寛政元)、東蝦夷地の東部(現在の北海道東部)においてアイヌが蜂起し、この戦いの収束に松前藩との仲介にあたって功績のあった12人のアイヌの有力者を描いた画像および解説よりなる資料である。画像を描いたのは松前藩家老をもつとめた画人、蠣崎波響である。この資料はこれまで日本の近世美術史の研究者によって画像について主として論じられてきた。本研究は、国立民族学博物館の所蔵となった新出の『夷酋列像図』を基礎に、美術史のみならず文化人類学、近世歴史学、流通経済学、材質分析などの関連諸科学の専門研究者によって多面的に『夷酋列像』を研究することを目的としている。

これらの研究調査ならびに科学的な分析をとおして『夷酋列像』の学術的資料価値を多角的に読み解くことによって、その背後にあるアイヌ社会はもとより和人社会、さらに東アジアの諸国家と先住民の交易や支配・被支配といった関係を、新しい視点で明らかにできるなどの意義がある。

2008年度

研究成果取りまとめのため延長(1年間)

【館内研究員】 佐々木史郎、園田直子
【館外研究員】 秋辺日出男、朝賀浩、五十嵐聡美、池田貴夫、井上研一郎、今石みぎわ、川上淳、菊池勇夫、菊池俊彦、久保泰、小林眞人、霜村紀子、新明英仁、田島佳也、中村和之、藤田覺、依田千百子
研究会
2008年5月9日(金)14:00~(国立民族学博物館 第1演習室)
共同研究成果公開および出版等についての打ち合わせ
2008年12月14日(日)9:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
共同研究成果公開および出版等についての打ち合わせ

2007年度

19年度は以下のことを実施する。1)昨年度実施したフランス・ブザンソン美術館所蔵の蠣崎波響自筆本『夷酋列像』の高精査画像をもとに、画像の描き方の技術・用具等を詳しく解明すること。例えば、これまで確認されなかった沈金の技法の確認がなされたことをもとに、このような技法がどのような経緯のもとで波響が身に着けたか。2)1の問題を解明するためには、波響が江戸や京都で学んだ流派や画壇の関係を明らかにすること。3)画像の人物が身につけている衣装・毛皮・器物等の自筆本での差異はもとより、模写本での違いを検討すること。4)描かれた毛皮製品に着目して獣の種類および生息地域を同定し、毛皮獣の捕獲行動ならびに交易ルートの解明を行う。5)クナシリ・メナシの戦いの歴史的背景の解明をより深める。6)ブザンソン本の日本からの流出の経過についての追跡。7)民博本『夷酋列像圖』の松平定信による解説テキストの刊行。8)研究成果取りまとめの準備と執筆。

【館内研究員】 飯田卓、佐々木史郎、佐々木利和、園田直子
【館外研究員】 秋辺日出男、朝賀浩、五十嵐聡美、池田貴夫、井上研一郎、今石みぎわ、川上淳、菊池勇夫、菊池俊彦、北原次郎太、久保泰、 小林眞人、霜村紀子、新明英仁、田島佳也、中村和之、藤田覺、依田千百子
研究会
2007年7月5日(木)10:00~17:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
「蠣崎波響と夷酋列像について」
2007年9月29日(土)10:00~18:00(松前町町民総合センター、松前城資料館)
2007年9月30日(日)9:00~12:00(松前町町民総合センター、松前城資料館)
研究会および公開研究フォーラム「蠣崎波響と『夷酋列像』の世界」
→研究会・公開フォーラム詳細PDF [PDF]
→公開研究フォーラム詳細ページ
2008年2月23日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館4階第3演習室)
2008年2月24日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館4階第3演習室)
朝賀浩(大阪市立美術館)・大塚和義(大阪学院大学)「フランスにおける『夷酋列像』の調査報告―その2」
コメンテイター 相原穣(翻訳家)
久家孝史((財)松浦史料博物館)「松浦史料博物館所蔵『夷酋列像』について(仮)」
杉原たく哉(早稲田大学)「中国図像研究からみた『夷酋列像』(仮)」
総合討論
成果報告の刊行についての打ち合わせ
研究成果

本研究は、人間文化研究機構の連携研究でもあり、この費用を用いて昨年に引き続きフランスにおける調査を実施した。その内容は『夷酋列像』関連資料調査と『夷酋列像』をフランスにもたらしたと考えられる人物の親族に直接面会することであり、少なからぬ情報を得ることができた。また、国内に存在する『夷酋列像』写本の所在情報の確認を進めることができた。さらに、国内所在の『夷酋列像』とこれに関連する画像データの蓄積をほぼ完了することができた。同時に、民博所蔵本の高精査画像撮影を実施した。

本研究会では『夷酋列像』をめぐるさまざまな学問領域からの検証が新しい視点で展開されてきたが、その成果の一端はすでに記した松前町で開催された研究フォーラムにおいて発表された。『夷酋列像』を描かせた松前藩の城下町であり、作者蠣崎波響の生地でもある松前町は、『夷酋列像』の原点ともいうべき土地である。研究フォーラムへの町民の関心は大きかった。町内ばかりか、北海道各地あるいは東北や関東からも参加者が集まり、本研究の最新の成果を発表する機会を得たことは非常に意義深いことであった。研究フォーラムに関連して民博所蔵本を松前城資料館において展示することができた。

『夷酋列像』に描かれた人物解説ともいうべき「夷酋列像附録」の松前藩主家に伝わるものが松前廣長自筆の原本であることの確定ができたことも本研究の大きな成果である。

2006年度

18年度は以下のことを実施する。1)民博本『夷酋列像図』とフランスのブザンソン本をはじめ新出の個人資料(仙台市)などの類似資料との比較を精密写真を用いてより詳しく行う。2)昨年度から解読作業中の『夷酋列像附録』の定本を完成し、これをもとに画像に描かれた人物論、衣装論、器物論などとともに画像に込められたアイヌ社会の歴史と文化を読み解く作業の迅速化をはかる。これと平行して画像の高精度撮影も進める。3)画像に用いられている顔料や紙質などの非破壊分析を行う。4)12枚の画像は全体としてひとつの物語というメッセージ性をもっているのか、絵巻等の専門的な研究者による分析を行う。5)作者の波響がそれぞれの画像に多様なポーズをとらせている。この一部はすでに手本の存在の可能性を指摘されているが、これを全体に広げて検証する。

【館内研究員】 飯田卓、佐々木史郎、佐々木利和、園田直子
【館外研究員】 秋辺日出男、朝賀浩、五十嵐聡美、井上研一郎、今石みぎわ、川上淳、菊池勇夫、菊池俊彦、北原次郎太、小林眞人、田島佳也、中村和之、林昇太郎、藤田覺、依田千百子
研究会
2006年11月25日(土)13:30~(第3演習室)
白石理恵「『夷酋列像』に描かれた虚像」(仮題)
朝賀浩「コメント」
札幌映像プロダクション制作「歴史ドキュメント『謎のアイヌ絵 夷酋列像 秘められた悲劇』上映と討論
2006年11月26日(日)10:00~(第3演習室室)
小林眞人「『夷酋列像』期における道東の漁業―ことに魚油を中心に」
総合討論
2007年2月3日(土)13:30~(大演習室) / 4日(日)10:00~(第6セミナー室)
朝賀浩・大塚和義「ブザンソンの博物館所蔵『夷酋列像』の調査報告」
大泰司紀之「『夷酋列像』に描かれた毛皮および動物類の分析(仮)」
手塚薫「ウルップ島のラッコ猟―考古学的・歴史学的検討(仮)」
安村敏信「江戸絵画史における『夷酋列像』」
総合討論
2007年3月22日(木)17:00~(市立函館博物館)
研究会の進め方と取りまとめについての打ち合わせ
2007年3月23日(金)10:00~(市立函館博物館/函館市中央図書館/北海道立函館美術館)
蠣崎波響作品の観覧(市立函館博物館)
夷酋列像関係資料の閲覧(函館市中央図書館)
蠣崎波響作品の観覧(北海道立函館美術館)
蠣崎波響をめぐる研究報告
 霜村紀子「函館にある波響作品について(仮題)」
 長谷部一弘「コメント」
 久保泰「コメント」
2007年3月24日(金)10:00~(弥永北海道博物館/北海道立近代美術館)
夷酋列像関係資料の観覧(弥永北海道博物館)
北尾家本『夷酋列像』および蠣崎波響作品の観覧(北海道立近代美術館)
蠣崎波響をめぐる研究報告
 新明英仁「道内のアイヌ風俗画について(仮題)」
 鈴木幸人「コメント」
 総合討論
研究成果

本研究は、人間文化研究機構の連携研究でもあるので、これを用いてフランス・ブザンソン美術・考古博物館所蔵の波響自筆本『夷酋列像』の調査を行った。その結果、描法や繊細な金泥の使い方、下地や枠などの形態についての調査を行うことができたことなど、従来注目されてこなかった部分についても明らかにすることができたことなど、多くの新知見を得ることができた。詳細については、今後『研究報告書』において発表する予定である。

3月の函館・札幌での研究会においては、『夷酋列像』の全体像を知ることのできる12人の画像がセットで残されている優れた写本の、小島貞喜筆の北尾家所蔵本をはじめ、市立函館博物館、函館中央図書館、北海道立函館美術館、北海道立近代美術館、弥永北海道博物館において各館所蔵の波響自筆作品や『夷酋列像』関連資料等を閲覧することができたことは、共同研究員にとって大いなる収穫であった。その一例をあげれば、北尾家本について、これまで考えられていた「できのいい写本」という評価を超えて、ある部分では原本を超える技術によって描かれていることが判明、函館中央図書館蔵の波響自筆『夷酋列像』の二幅をブザンソン美術・考古博物館蔵の『夷酋列像』を実見した眼でみると描法や彩色に微妙な違いがあることなどである。

『夷酋列像』が描かれた社会的、歴史的背景解明についても新たな分析にもとづく視点が生まれており、今後この研究会が解明すべき大きな課題とその成果に期待できることを、あらためて確信している。

2005年度

【館内研究員】 飯田卓、佐々木史郎、園田直子
【館外研究員】 秋辺日出男、朝賀浩、五十嵐聡美、井上研一郎、菊池勇夫、菊池俊彦、北原次郎太、小林眞人、佐々木利和、田島佳也、林昇太郎、藤田覺、依田千百子
研究会
2006年1月28日(土)13:30~ / 29日(日)10:00~(第4演習室)
大塚和義「研究会開催の主旨と研究の進め方」
井上研一郎「夷酋列像の画像についての最近の研究課題」
朝賀浩「波響と四条派の肖像画について」
高木重俊「詩人波響の交遊」
中村和之「蝦夷錦についての最近の研究」
2006年2月18日(土)13:30~/19日(日)10:00~(第3セミナー室)
菊池勇夫「義経伝説の生成と展開」
田島達也「蠣崎波響と京都画壇」
菊池俊彦「近代における環オホーツク海のセイウチの牙交易」
秋辺日出男・秋辺今吉「ノッカマップのイチャルパ(戦いの慰霊祭)について」
研究成果
  1. 大塚が紹介した東北福祉大学芹沢長介教授所蔵の5枚の「夷酋列像」新出資料は、「夷酋列像」研究に新たな問題を提起した。今後の研究としては、各地所在の画像を再確認する必要性が再確認された。
  2. 画像論からも、四条円山派をはじめとする諸流派にまで踏み込んだ波響研究の必要性が確認された。
  3. 「夷酋列像」画像からアイヌ民族誌としての読み取りが可能なばかりでなく、画像に描かれている毛皮類の分析から、広く北太平洋にまたがる当時の物流をも読み取ることができることが、大泰司氏の詳細な研究から明らかになった。
    このように、研究の方向付けがなされてきたことにより、次年度の共同研究会においてはさらに踏み込んだ研究成果が示されると考えられ、大きな期待がもたれる。
  4. 「夷酋列像」が描かれる契機となったクナシリ・メナシの戦いで処刑されたアイヌの同胞に対する慰霊祭を現在挙行し、その祭司を務めておられる秋辺今吉氏に、そのいきさつや心情を発表していただき、この研究会がアイヌとの今日的連帯研究もめざしていることを確認した。
共同研究会に関連した公表実績

大塚和義(スーパーバイザー)、井上研一郎・五十嵐聡美・佐々木利和(出演)「謎のアイヌ絵 夷酋列像 秘められた悲劇」STVテレビ放送(2006年3月25日放映)