国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Ulaanbaatar  2002年8月15日刊行
小長谷有紀

● 草原の子どもたちに黒板を!

モンゴル国は、20世紀の初頭、ソ連につづいて世界で二番めに社会主義国となり、民主化の動きを受けて1992年に市場経済への移行を選択しました。以来、10年のあいだに生じた最も大きな変化は、草原部と都市部の生活格差です。

たとえば学校教育。草原に建設された学校は平均年齢およそ50歳くらいです。教室に掲示された黒板は、たいてい建設当時のままなので、これもまた平均年齢およそ50歳くらいです。50年も使い込まれた黒板は、チョークで書いても見えません。そこで、草原で学ぶ子どもたちに黒板を贈るというプロジェクトが生まれました。

黒板は2種類。1つは、日本の黒板製作会社が協力して、モンゴルの環境にあうかどうかを検討し、モンゴル向け特別仕様の黒板が用意されました。もう1つは、モンゴル製。中国北京から材料を仕入れて、モンゴルの製作会社が受注します。

問題は・・・その配布方法です。広い国土に分散している学校へ黒板を確実に届けるのは容易なことではありません。そこで考え出された妙案が、先生に集まっていただくという方式です。

かつて社会主義だった頃、教師陣は定期的に集合し、研鑽をつむことができました。しかし、民主化以降、そうした機会は失われてしまいました。とくに、民主化してから使用がみとめられるようになった伝統的な文字をいかに子どもたちに教えるかという課題について、地方の国語教師は学んだことがありません。

復活した民族文字の教え方について、ウランバートルで研修会をおこない、集まってきた先生方に黒板を持って帰っていただくことになりました。こうして、新しい黒板は自らの文字を学ぶきっかけとして大いに役立つことでしょう。

もちろん、教育は学校にすべておまかせするものではありません。家庭教育が人への入り口になる一方で、公共教育は世界への窓口、社会への入り口を果たします。その公共教育の根幹である公共財としての黒板を、世界中の子どもたちに。黒板プロジェクトが世界に広がることを祈念します。

小長谷有紀

◆参考サイト
NPO法人 モンゴルパートナーシップ研究所(MoPI) 黒板プロジェクト