国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Vietnam  2003年5月14日刊行
樫永真佐夫

● ハノイのバイクの秘密

はじめてベトナムを旅行した人は、ハノイやサイゴン(ホーチミン市)の交通量とその無秩序ぶりに驚嘆することだろう。ハノイの交通事情について考えてみた。

ハノイで最も多いのはバイクである。その前は、自転車であった。バイクが急増したのは、3年くらい前であろうか。これによって、ハノイ市内の交通は麻痺し、交通事故も多発している。バイクの接触、転倒くらいなら、ふつうに生活しているだけで、多い日は一日に何回も見る。ベトナムの交通事故での死亡者が1995年で年間5,500人以上といわれていたのが、2002年には1万人を大きく越えた。地方や郊外では、死亡事故でも示談で終わってしまうこともあり、またこの事故死者数は即死者数と見てよいことを考えれば、交通事故での死者の数は実に深刻である。戦後、平和になるにつれて死者数も増えるという矛盾がここにある。

バイクの数が3年くらい前から急増したというのは、日本製バイクより何倍も安い中国製バイクが輸入されるようになったことに端を発する。まず、中国の多くの市街で、バイクの乗り入れを禁止したために、中国でバイクが売れなくなった。そこで、中国企業は原価割れとなっても少しでも在庫を残すよりはいいということでベトナムで売り始めた。もちろんハノイの人たちは中国製バイクに飛びついた。すると、それに対抗するためホンダは、ついにそれまでの3分の1ほどの値段800ドルほどでバイクを生産して販売した。ハノイの人たちは、ならやっぱりということで、またホンダに飛びついた。こうして加速度的にバイクが増えた。

しかし、日本からの旅行者は、ハノイを走っているバイクを見て「ホンダばっかり」とおもうかもしれない。そして、いったい中国製のバイクはどこを走っているんだと首を傾げるだろう。ところが、あなたがホンダだと思っているバイク、その多くが実は中国製なのである!

もちろん、中国製のバイクは、出荷したときは中国メーカーの名前が見えるところに書いてある。しかし、形はホンダそっくり、いわばバッチモンである。そのバイクを買った人はすぐに、バイクの部品屋に行って、メーカー名が書いてある部分をホンダの部品に取り替える。もっとお金のある人は、チェーンなど簡単に取り替えられる部品も、安全のため、できるだけホンダの部品に取り替える。そうして街を走れば、もうぱっと見では中国製だとバレない。

しかし、このバイク、中国製がいくら安いといっても500ドルは越える。ハノイの平均年収が数百ドルといわれているが、その数字を真に受けて計算したら、バイクなんてふつう買えない。それが「うちの給料は50ドルだけや!日本人は金持ちでええなあ」といっている人の家に、2台もバイクがあったりして、それがしかも本物のホンダだったりする。2台で5,000ドル以上である! 彼らは、どうやってその現金を稼いでいるのであろうか。実はこの問題、統計などには当然あらわれないし、誰にもわからない。少なくとも確かなのは、「うちはたいへんやー」と毎日いいながら、ある日突然「どうやー!!」とばかりに、どデカい買い物を見せびらかしにきて、人をびっくりさせるような人を、ハノイの人たちは「あたまええ!エラい!」とうらやましがっていることである。

ハノイにはローンやカードの制度なんてほとんど発達していないので、不動産であろうが、車であろうが、基本的には即金購入である。なのに今、ハノイは土地バブルでもあり、月収何十ドルのはずの人がこれまた何百万円、何千万円もする土地や家をコロがしまわっている。そこにどんな経済上の秘密があるのか、外国人にはなかなか知るよしもない。

樫永真佐夫(民族社会研究部助手)

◆参考サイト
ハノイの異邦人(樫永真佐夫のベトナム滞在中の写真付きレポート)
ハノイの異邦人「ベトナムの交通」
ハノイ在住日本人による「ハノイの空のした」

在ベトナム日本国大使館