巻頭コラム
- 津波災害調査への参加 2005年2月18日刊行
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林勲男
インド洋地震津波災害が発生して、2ヶ月になろうとしています。この間、インド洋沿岸の被害状況が明らかになるにつれて、死者・行方不明者の数は約30万人にも達しました。大規模な自然災害が発生すると、メディアをはじめとして、人びとの関心は、まず自然界から発せられたエネルギーの大きさと、それによって引き起こされた視覚的な被害状況に集まります。というより、災害発生直後は、マグニチュードの大きさや津波の速度や高さに関する数値、破壊された建造物や被災者の姿の映像くらいしか情報がないといった方が正確でしょう。今回の災害では、国際的な観光地が被災地となったこともあって、多くのビデオや写真映像が記録されています。津波が沿岸に押し寄せる様子や、氾濫した川のように町中を突き進んでいくビデオ映像に、津波という災害の恐ろしさを再認識した方も多かったのではないでしょうか。
災害が発生した翌日、京都大学防災研究所巨大災害研究センターのある先生からメールが届きました。それは、科学研究費による緊急調査を実施する可能性があるとの情報と、次のような呼びかけでした。「今回は国際協力がテーマだと思います。協力できる人は名乗り出て下さい」。私の主な調査地はパプアニューギニアですから、インド洋に面した国々やそこの人びとの暮らしに関しては、専門的な知識は持っていません。ですから、私が津波被災地で調査に参加するということはないと考えていました。それでも「名乗り出た」のは、パプアニューギニアで1998年に起きた津波災害の被災地復興と、人びとの生活再建について調査をしてきており、ここ数年は防災学の分野の研究者とのおつき合いもだいぶ増えていたため、被災地域の社会や文化の専門家と、防災の専門家とのパイプ役になれるのではないか、もう一歩踏み込んで、文化人類学や地域研究の知見が、他の分野との連携によって活用される新たな領域を開拓できるのではないか、との思いがあったからです。
自然災害というと、発生直後の被害状況と救急救命活動に関心は集まるのですが、時間の経過と共に、海外からの支援活動は次第に縮小し、メディアの取り扱いも小さくなり、世間の関心も別のことに移ってしまうのが常のようです。しかし被災地では、人びとは被災という現実の中で自らの生を見つめ直し、さまざまな思いと共に生活を立て直すための長い道のりを歩んでいくのです。その途上には、まったく予期せぬ問題が生じたりして、必ずしも復旧から復興への順調な歩みがあるわけではありません。また、次の災害にそなえて何をすべきか、つまり防災への新たな意識も生まれます。このように、そこに暮らす人びとが、災害の経験をもって自分たちの社会や価値観を捉え直していく姿を、微視的にしかも総体的に理解しようとするところに、文化人類学の民族誌的アプローチが有効なのではないかと考えています。
科学研究費による緊急調査チームには、民博からはインドをフィールドとしている杉本良男(先端人類科学研究部)と私が参加し、現地調査には、山本博之(地域研究企画交流センター)をはじめ、館外からも数名の地域専門家から協力していただいています。調査は主として、災害直後の対応、特に危険・安全の情報内容とその伝達に関して、住民、一時滞在者、行政、宿泊・観光施設スタッフなどから聞き取りをおこないます。スマトラ島アチェ県で調査を実施したチームは、2月17日に帰国しました。タイでの調査も現在おこなわれています。このあとも、インドとスリランカで文化人類学者たちによる調査が実施される予定です。
現地調査の報告会は、近いうちに民博でも開催することを検討しています。林勲男(民族社会研究部助教授)
◆参考サイト
2004年12月26日インド洋地震津波災害
科学技術振興調整費による国際共同研究「アジア・太平洋地域に適した地震・津波災害軽減化技術の開発とその体系化に関する研究(EqTAP)」
民博学術公開フォーラム「災害の記憶 ─ 災害エスノグラフィーからコミュニティの防災を考える」
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