国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Berlin  2007年1月16日刊行
森明子

● スシ・ブームについて

日本食がブームである。というより、スシがブームである。ベルリンでスシを扱う飲食店は、この数年で明らかに増えた。じつをいうとベルリンという町は、かなり庶民的な一面があって、物価はハンブルグやミュンヘンに比べると、はるかに安い。そういう町で、スシはどのように人々に受け入れられているのだろうか。

スシを扱う店はスシ・バーと呼ばれる。従来からある日本食専門のレストランとスシ・バーは異なる。日本人がベルリンで知り合いを接待しようとするなら、由緒正しい日本食レストランを探すだろう。日本の会社が経営するような日本食レストランは、あきらかに高級で、相応の場所にあり、相応の値段がする。たとえば旧西ベルリンの商業地区の中心であるクーダムと呼ばれる一角や、各国の大使館が集まっている中心区に、日本食専門のレストランはある。こうしたレストランを客の接待で利用することはあるかもしれないが、ここでベルリン市民がプライベートに食事をする、ということは少ないように思われる。

スシ・バーは、こうしたレストランとは明らかに異なっている。顧客の中心は、30歳代後半から40歳代にかけての比較的若いベルリン市民である。バーと名がつくとおり、気軽にはいって、会話を楽しみながら飲食する。値段は、とくに安いわけではないが、とくに高いわけでもない。

スシだけを扱う店もあるが、最近ふえているのは、タイ・カレーやベトナム料理とスシをあわせて扱う店である。日本のスシとタイやベトナムの料理をつなげるキーワードは「アジア」である。この場合の「アジア」は、地理的な空間を意味しているのではなくて、健康や異国趣味のイメージを喚起する暗号のようなものである。こうした料理からドイツの人々が連想しているのは、間違いなくヴェジタリアン・フードである。

いまのようなスシ・ブームがくる前の日本食は、中国料理や韓国料理といっしょくたにされることもあった。上記のような高級レストランは別として、比較的気安いレストランがたまにあると、中国・韓国・日本の料理を一手に扱っていたりした。だが、最近のスシ・ブームは、ひじょうに広い範囲の人々に、日本の食事を中華料理や韓国料理とはまったく異なる別物として配置しなおして示した。

このようなスシ・ブームは、あきらかに現代という時代の産物である。コメや魚の流通、人間の移動ばかりでなく、現代文化という側面からも、スシ・ブームは90年代以降の文化現象だと思える。それというのも、スシ・バーがしっくりとはめこまれる街区そのものが、この時期に形成されたからだ。

スシ・バーの多くは、カフェやバーが並ぶ界隈にある。現代のベルリン市民をひきつけるそうした街区の多くは、もともと安価な労働者地区であった。グローバル化と消費文化の展開のなかで、そこにエスニック料理のレストランや個性的なバーが店を並べるようになり、独特の雰囲気をもつ街区が形成されていった。こうした街区に、いつのまにか数軒のスシ・バーができている、というのがこの数年の傾向である。スシ・バーは、現代の都市の一角に必須の要素になってきているといえるだろう。

このようなダウンタウンをもりたてているのは「新しい都市中間層」と呼ばれる人たちである。彼らは日常生活を芸術や文化で色づけていくことを好み、それに多少の金銭もかける。彼らにとって重要なことは、創造性や個性の発現であり、何を食べるか、どこで食べるか、という選択も、創造性や個性の表れとみなされる。スシは、彼らのそのような消費文化の好個の素材となった。

何にせよ、メイド・イン・ジャパンが好まれることは、よろこばしいことである。友人との付き合いで、私もベルリンのスシを食べてみた。が、正直いってあまりおいしくなかった。ネタはともかく、コメがいけなかった。自分がコメに対して寛容になれないことに、逆に驚いたほどである。しかし考えてみれば、そう性急に何もかもが受容されるはずもない。時間をかけて、白米の味の深さを勉強してもらう楽しみができた、といってもいいだろう。それと同時に、妙な想像もしてみた。ドイツの友人が、白米の味について私に薀蓄を傾ける日のことである。 そのとき、私たちの白米の味の好みが、いまと変わっていないという保証もないと思った。

森明子(研究戦略センター)

◆参考サイト
ベルリン市公式サイト
ベルリンでの日本 ─ 日本食レストラン
ベルリン情報サイトの一例(宅配ピザと宅配スシのリストを併記)