国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Iran  2007年6月13日刊行
山中由里子

● ルイ・ヴィトンとナショナリズム

4月の初めにイランに行ってきた。イギリス兵がペルシア湾で拘束され、緊張が高まる中でヴィザの申請など旅の準備をしていたので心配ではあったが、幸い出発の前日に解放されたので取り越し苦労となった。(そういえば、前回のイラン旅行はちょうど米軍によるバグダッド陥落の頃だった・・・。)

テヘランの街、特に北部は数年前に比べ、ますます開発が進んでいた。高層ビルが林立し、マイカーを持つ人が増えたようで交通量はさらに増加していた。窓の開いたタクシーに5分も乗っていると、頭がいたくなるほどの公害である。

ヘジャーブ(その着装が法律で義務付けられている、髪を覆うヴェール)を頭が半分しか隠れないほどゆるゆるにまいた女性、ずり落ちそうなずぼんをはいたヒップホップ系のお兄さんたちの姿は以前より目立つようになっていた。服装や行動の自由を求める若者と当局の規制のいたちごっこは相変わらず続いているようであるが(私がイランを去った後に服装の一斉取締りが行われたというニュースが流れた)、自由度は少しずつ増しているような気がした。

殉教者や宗教指導者の肖像があちこちのビルの壁面にでかでかと描かれているのは昔からであるが、色あせ始めたこれらのプロパガンダ壁画を遮るかのようにルイ・ヴィトン、ローレックスなどの高級ブランドの広告看板が立ち並んでいるのには驚いた。ショッピングセンターにはベネトン、プーマ、アディダスなどの専門店が入っており、しかもこれらの店の品物の値段は欧米とそう変わらない。テヘランマダムたちは巨大な黒塗りの4WDの外車を乗り回し、パトカーはすべてピカピカのベンツである。「エンバーゴーやいずこに」といった感じであった。(クリントン政権下の1995年に米国はイランに対する経済制裁を発動させ、ごく限られた品目以外の輸出入は今でも禁止されている。)

友人宅に呼ばれていたある晩、突然外でドーン、ドーンと爆発音がし始めた。一瞬、アメリカがいきなりミサイル攻撃してきたか?!と肝を冷やしたが、「今日はそういえば、原子力発電の日だ」と友人は説明する。「??」と思いながら屋上に出て見ると、打ち上げ花火が盛大にあがっている。イランが独自に原子力発電の技術を開発してきたことを祝って、政府が「原子力発電の日」を作ったらしい。その日はテヘラン市内のバス、地下鉄が無料だったそうだ。

金持ちが金を持っていることを誇示することをためらわなくなり、欧米のブランド志向が一部の市民の間で広がると同時に、政府は信仰心よりは愛国心の鼓舞に力を入れる。ルイ・ヴィトンとナショナリズムの共存は、はたして今後どのようなかたちで発展してゆくのか。

山中由里子(民族文化研究部)

◆参考写真(2007年4月山中撮影)

写真 祝日にテヘラン市民で賑わう公園の入り口(2007年4月)
写真1

◆参考サイト
テヘランをおしゃれに楽しむためのサイトTehran Avenue (英語)
みんぱく ウィークエンド・サロン 研究者と話そう
生(なま)のイランについて生(なま)で聞きたいかたは、6月17日のウィークエンドサロン(14:30~15:30、展示場内休憩所)にお越しください。「イラン人の余暇の楽しみ方」についてお話します。

★過去のWorld Watching from Iran by Yamanaka★
2003年イラン訪問時のレポート
エバディ氏のノーベル平和賞受賞