巻頭コラム
- World Watching from Beijing 2008年6月18日刊行
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中牧弘允
● 北京における儒学ルネッサンス
北京の中心は言うまでもなく天安門広場である。天安門には毛沢東の巨大な肖像写真がかかげられている。かつてはマルクス・エンゲルス・レーニン・スターリンの写真も掛けられていたという。天安門広場の北側には故宮がひかえ、西側には人民大会堂がそびえたち、名実ともに中国を象徴する空間と言える。
他方、北京大学や清華大学、北京人民大学、中央民族大学などが集中する文教地区がある。そこには秋葉原のようなIT産業のビルやデパートが林立する交差点もあり、学術と技術の心臓部を形成している。この5月に1週間ほど滞在したとき、ここで新しい息吹を感じとった。ひとつは電化製品の氾濫に代表される大衆文化の興隆であり、もうひとつが儒学の復興である。
儒学や儒教がいまさらと思われるかもしれないが、あにはからんや、再評価がすすんでいるのである。たとえば、北京大学ではMBA(経営学修士)のコースが設けられ、アメリカ式経営学ではなく、四書五経や孫子の兵法、さらに道家・法家の思想や易経、仏教などを教授している。担当者の一人である哲学系の王守常教授によると、松下幸之助にふれたことはあるが、日本式経営についても教えていないという。「国学教室」コースの年間学費は2万4000元(約30万円)、資料費2000元(約3万円)であり、中国の所得水準からするとおそろしく高額である。にもかかわらず、人気はうなぎのぼりで、箔をつけるために入学してくるのだという。書店をのぞくと「企業文化」と銘打つ本もならんでいるから、アメリカ流の経営学も輸入されていることはまちがいない。それに対抗して伝統を誇る北京大学の哲学の先生たちが民間の人材養成機関と協力して経営学を教えているのである。共産党が設立した人民大学でも2001年に孔子像がキャンパス内に建てられ、孔子研究院が活動を開始している。
北京大学の構内の一角には「一耽学堂」というボランティア・ベースの儒学復興をめざす団体が拠点を置いている。「義」を中核に、論語の読誦(声にして読む)運動をすすめ、全国的なひろがりをめざしている。
大げさに言うと、文教地区では儒学をはじめとする中国伝統文化のルネッサンスが静かに進行しているのである。それが天安門広場周辺地区とどう折り合ってゆくのか、オリンピック会場にだけ目をうばわれていてはいけないのである。
中牧弘允(民族文化研究部)
◆参考サイト
中華人民共和国 概要(日本外務省)
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム
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