国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Mexico  2010年2月17日刊行
鈴木紀

● あなたの誇りはなんですか

今年1月にメキシコに出張した。通い慣れた国だが、最初の数日間はホテルでテレビをつけっぱなしにした。スペイン語の耳慣らしだ。

すると面白いCMを目にした。メキシコの国のCMだ。例えば最大手の放送局テレビサの場合。メキシコ北部、銅の谷といわれる大峡谷が映る。次に浅黒い顔の先住民男性の足下がアップになる。もくもくと何かを運んでいるようだ。そしてロングドレスの美しい白人女性が登場。断崖絶壁の上から、幾重にもつらなる山並みを俯瞰する。それは幻のエルドラード(黄金郷)をみつけた女王のようだ。ここでアナウンスが入る。「これがメキシコ、銅の谷。ビセンテナリオのもう一つの星」。メキシコは今年、独立戦争開始後200周年(=ビセンテナリオ)を迎えた。この機会にメキシコの素晴らしさを再認識しようというメッセージなのだろう。

ライバルのテレビシオン・アステカも負けていない。いきなり「あなたの誇りはなんですか」と問いかける。俺の畑だと農夫が自慢したり、(サッカーの)メキシコ代表チームと女性が答えたりする。そして決め台詞。「メヒカーノ(メキシコ人)であること」「メヒカーナ(メキシコ女性)であること」。

もちろんメキシコ人が皆、CMを見て熱くなっているとは思えない。旅先で、多くの人に昨年の新型インフルエンザ騒動について尋ねた。よくある意見は「あれは政府の情報操作だった」というもの。執拗に警戒をよびかけるマスコミに対して、良くいえば冷静に、悪くいえば無関心に、対応した人たちが多かったようだ。

国には歴史がある。その歴史の解釈がナショナリズムの意味を定める。だからメキシコと日本を単純に比較してもあまり意味はないが、例えば、日本のテレビで「あなたの誇りはなんですか」というCMが流れたとしよう。私は、憲法第9条、WBC日本代表、はたまた温室効果ガス25%削減政策などを思いつく。だが「日本人であること」はどうか。そういうためには、私個人も、日本人全体も、もっともっと世界に関わって、人々を愛さなければと思う。

鈴木紀(先端人類科学研究部准教授)

◆関連ウェブサイト
Televisa(テレビサ)
TV AZTECA(テレビ アステカ)
メキシコ政府の200周年記念サイト
外務省ホームページ