国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from France  2010年4月14日刊行
竹沢尚一郎

● 移民のストライキ

1月20日から1ケ月間、フランスで外国人移民の調査をおこなった。移民の研究は5年目になるが、今回は現場で新たな発見があり、深く考えさせられることがあった。

今回の滞在は、正規の滞在許可証や労働許可証をもたない、いわゆる非正規滞在者のストライキと重なった。職場の占拠は全国で約250ケ所、参加者は約6000名。大半は西アフリカのマリから来た労働者であった。私はマリをフィールドにしてきたこともあり、親近感があったので、毎朝ストの現場に出かけ、話を聞き、デモや集会にも参加した。

労働許可証をもたないかれらが、なぜストライキに訴えたのか。かれらは数年から10数年にわたり働き、賃金の一部は税として徴収され、社会保険料も徴収されている。しかし、かれらは正規の許可証をもたないので、怪我をしても労災は出ないし、国外退去措置に脅えている。おかしいではないか。自分たちは税や社会保険料を支払ってきたのだから、市民としての権利があるはずだ。労働許可証と適切な賃金が与えられるべきだ。

日本だったら、門前払いされること間違いなしの議論である。しかし、さすがというか、フランスではすべての労働組合といくつかの政党、NPO団体が支持している。とはいっても、裁判所は政府の見解に沿った退去命令を出したので、いつ警察の介入があるかわからない。それで、毎朝6時からスト参加者も待機し、支援者が詰めかけていたのである。

かれらは裁判所の退去命令に違反しているのだから、いわば「違法状態」にある。それを支援しながら調査していた私も、ひょっとしたら逮捕されるかもしれない。そういう心配があったが、反面、そうなるとどうなるのかを見届けたい気持ちもあった。さいわい(残念なことに)、毎朝何ヵ所かのピケの現場に詰めていたが、滞在中にそういうことはおこらなかった。

驚いたのは、ストライキも毎週のようにおこなわれたデモも、マスコミが伝えなかったことだ。あたかも問題そのものが存在しないかのように、テレビも新聞も報道しないのだ。支援者に話を聞くと、そうだという。フランスのマスコミは政府に管理されている、というのである。

非正規滞在者が堂々とストライキをおこない、多くの団体がそれを支援する、フランスの民主主義の奥深さ。反面、それをまったく無視するマスコミの偏向。今回の滞在はフランスの知られざる二面を教えてくれた。それも、現場に足を運んだおかげであった。

竹沢尚一郎(先端人類科学研究部教授)

◆関連ウェブサイト
Reseau Education Sans Frontieres(フランス語)
Reseau Education Sans Frontieres:国境なき教育網(一部日本語)
外務省ホームページ