巻頭コラム
- World Watching from Paris 2010年5月19日刊行
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三島禎子
● 新しくて古いパリ
文化や情報の発信地パリ、ファッションの最先端パリ、美食と芸術のパリなど、この街の華やぎを語ることばはつきないが、2009年のパリは頑なで古めかしい印象を受けた。
日本の都市で普通に見られる変化がないのである。日本では、都市生活を支えるシステムにそぐわない部分は、どんどん消されてゆく。たとえば、混然とした空間は小綺麗に整備される。人びとを互いに不快にさせないための公共マナーは、時として規則のようにわれわれの生活を律する。しかしパリでは、都市生活がある種のシステム化によって直接的な人間の接触を避けているにもかかわらず、人間の対応は、頑固に昔ながらの習慣を繰り返しているようだった。
国際小包が届かないという事件があった。配達を知らせるベルも配達通知もなかったので、所轄の郵便局に直接尋ねに行った。何回か行ったが、いつも「何もない」という返事だった。しかし、とうとう送り主から「フランスから荷物が送り返されてきた」という連絡があった。信じられない成り行きに郵便局に抗議に行ったところ、「荷物の苦情は専用の窓口に電話をしてくれ」とのこと。なるほど、ちゃんとそういう窓口が設けられているのである。感心しながら電話をかけてみると、「番号がない小型小包は追跡ができないので苦情は受け付けられない」との返事。追跡は必要ないので、苦情だけを聞いてくれと頼むが、「番号がないから受け付けられない」との一点張り。
埒が明かないのでふたたび郵便局にもどり、ここで苦情を申し立てたいと主張した。幸い、何人目かの局員が、私の苦情を正式に受け付けてくれた。荷物は戻ってしまったから、これでどうなるというものでもなかったが、とりあえず腹の虫がおさまった。
後日、郵便局の荷物管理部門から文書が届いた。早速お詫びの手紙かと開封してみると、申し立てを受け付けたという知らせだった。差出人の名前も受取人の名前も間違っているが、とりあえず正式な書類である。さらに数日後、別の文書が送られてきた。追跡調査の結果を知らせてきたのかと思いきや、「どのような問題があったのかを調査するため」の質問状だった。申し立てはしたはずなのに、どうして内容が伝わっていないのか不思議である。
この大都会では、働く人の質や良識は当てにせず、それを埋め合わせようとするシステムが設定されている。配達員の事情で届かなかった荷物は、返送という扱いになる。しかし、苦情センターは役に立たない。苦情申し立てはシステムのうえでは受理されても、人びとの気持ちを受け止めてはくれない。結局、街のあちこちで、人びとは互いに相容れない文句をいいながら、妥協のなかで生活している。そこをうまくくぐり抜けるのが、昔ながらの習慣である。最後には、人間同士の対面でしか物事は解決しない。この人間くさいスタイルが、国際都市「花のパリ」には根強く残っている。
三島禎子(民族社会研究部准教授)
◆関連ウェブサイト
新しいパリを象徴する自転車「貸出自転車」のサイト(フランス語)
フランスパリ市で始まった『ベリブ』自転車【財団法人日本自転車普及協会 自転車文化センター】
CLAIR Paris【財団法人自治体国際化協会パリ事務所】
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