国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from the U.S.A.  2010年8月20日刊行
太田心平

● 韓国人はコリアン・タウンにいない!?

ニューヨークの代名詞「人種のるつぼ」は、実は「間違っている」と指摘されて久しい。るつぼとは、科学実験などで使う、物質と物質を融合させる器のことだが、ニューヨークはむしろ「人種のサラダ・ボウル」である。多様な起源をもつ人びとが、ごちゃ混ぜのまま、それぞれに存在を誇示しているからだ。

今年の春、私はニューヨーク行きの準備をしていた。そこに行きたかったからではない。調査対象の韓国人たちが8家族も現地に移民してしまい、その人びとから話を聞きたければ、もはやニューヨークに行くほかないためである。

「それで、みんなコリアン・タウンに住んでるの?」事前の連絡で問いかけた私に、友人Kは爆笑した。「ニューヨークにコリアン・タウンなんてないよ」。確かに。マンハッタン島のど真ん中に「コリアン・ウェイ」なる道はあるが、いくら下調べしてもコリアン・タウンはない。では、韓国系の人びとは他のニューヨーカーたちと融合して暮らしているのか?またKに聞いてみた。答えは「地下鉄七号線に乗ってみな。どういうことか、よく分かるから」という意味不明なものだった。

ニューヨークの地下鉄七号線は、コリアン・ウェイの横の「タイムズ・スクウェア駅」から北東へ、クイーンズ区のフラッシング地区まで伸びている。私はタイムズ・スクウェアでKと合流し、各駅停車の旅に出た。驚いたのは、乗客たちが使うことばである。十人十色の言語で話していて、英語が聞こえてこない。「この沿線には移民が多いんだ。『国際列車』って呼ばれているんだぜ」。すっかりニューヨーカーきどりのKは、このお上りさんに教えてくれた。後で確認したら、この線は英語でも「インターナショナル・トレイン」と呼ばれているそうだ。

地下鉄がクイーンズ区に入り、はじめて「こういうことか!」と思った。どの駅で降りても、韓国語の看板が、他の言語のものと交じって、まさにごちゃ混ぜにある。しかも、増え続けているという。韓国の人口は、この10年間で約3%が海外に流出したと言われているが、そのうち少なからぬ数が、この「人種のサラダ・ボウル」で、ごちゃ混ぜになっているのだ。

さあ、韓国人は、韓国社会はどこへ行こうとしているのか!?どこに行けば、彼/彼女らにまとめて会えるというのか!?そして、どうしてくれるのか!?私の研究は……。こう御期待!!

太田心平(研究戦略センター助教)

◆関連ウェブサイト
ニューヨーク市都市交通局(英語)
ハワイ大学韓国学センター「アリラン――コリア系米国人の歴史」(英語)
外務省ホームページ