国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Quebec, Canada  2011年10月6日刊行
岸上伸啓

● カナダ・イヌイットによる捕鯨の再開

カナダにあるフランス色の強い都市モントリオールは、ニューヨークとパリを足して2で割り、それを少し田舎にしたような魅力ある街だ。大学院時代を過ごしたこともあり、私の大好きな所のひとつである。今年8月、久しぶりにモントリオールを訪れた。今回の訪問の目的のひとつは、モントリオールに所在している先住民団体を回り、2008年にケベック州北部で再開された捕鯨に関する情報を収集することであった。

カナダ政府は1970年代より各地のイヌイットと土地権など先住権全般の交渉を行い、ホッキョククジラ猟を先住民の権利であると認めた。その後、20世紀初めまで行われていた商業捕鯨によって頭数が減少していたホッキョククジラの資源量が回復したと判断したカナダ政府は、1990年代にイヌイットによる捕鯨の再開を許可した。

ケベック州極北部のイヌイットは70年以上もの間、捕鯨を中断していたため、捕獲道具・技術や捕獲・解体の方法のほとんどを忘れてしまっていた。地元のハンターは、先住民団体やカナダ政府、ヌナヴト準州の仲間から捕鯨全般についてアドバイスを受け、周到な準備の後、2008年に最初のホッキョククジラを捕獲した。狩猟自体には問題がなかったが、陸地への曳航(えいこう)や解体に時間がかかりすぎ、肉や脂皮の1部を腐らせてしまった。同地域では2009年にも捕鯨を実施したが、経費がかさむため次回は2012年に予定されている。

50トン近くあるホッキョククジラは、1頭とれると大量の肉や脂皮をもたらす食料である。しかし、イヌイットは、捕鯨を食料獲得のため以外にも、先住民の権利の実現や自らのアイデンティティの確認のために実施したいと望んでいるようだ。彼らは世界的な反捕鯨運動に立ち向かいながらも捕鯨を続けるだろう。今回の調査で、イヌイットにとって生業活動は多面的な機能をもっていることを再認識するとともに、「先住民」であるという前提を抜きには現在のイヌイットの生きざまを理解できないことを痛感した。

岸上伸啓(先端人類科学研究部教授)

◆関連ウェブサイト
先住民団体のプレスリース(2008年の捕鯨)
ヌナチャック・ニューズオンライン(2009年の捕鯨)
カナダ(日本外務省ホームページ)