みんぱくのオタカラ

- 手織り亜麻布のイニシャル刺繍入りシャツ 2012年3月16日刊行
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森明子
手紡ぎ・手織りの亜麻布には、織目に繊維のこぶが見られる。このシャツもその例で、襟ぐりの拡大写真で、織目のこぶと、M L というイニシャルの刺繍を確認できる。19世紀から20世紀前半ころのフランスのもので、使いこまれて何度も水をくぐった衣類に特有の、肌になじむ感触がある。
重さは760gで、木綿の同形シャツの3倍くらい重い。丈が106cmと長いし、ゆったりした形だから、寝間着と思われるかもしれないが、実際には、昼も夜も通してずっと着ていた。
20世紀前半まで、ヨーロッパの一般の人々は昼と夜の衣服を区別せず、昼はシャツの上にコルセットや上着、スカートを着用し、夜はシャツが寝間着になった。今日の感覚からは違和感もあるが、人々は今日ほど多くの衣類をもっていなかった。また、かの時代には私たちと異なる衛生観があった。頻繁に入浴することは身体に毒だと考えられ、身体のよごれは衣服に集めて、それを洗濯することで清潔を維持した。
寝具や下着などは亜麻製の染めのないものが大半だった。こうした「白い洗濯」は、鍋のなかで煮るようにして殺菌しながら洗濯した。亜麻布は強靭で重量もあり、高温で何度も洗濯するうちに肌になじむものになったから、この洗濯方法が適していた。
薪をくべて使う洗濯窯と洗い場をそなえた洗濯場は、洗濯干し場ともども、共同で使うものだったから、洗濯ものが他人のものとまじる機会は多くあった。そういうとき、イニシャル刺繍が、所有者を示す印になった。寝具や下着にイニシャル刺繍が施されたのは、このためである。布や寝具は貴重な財産であり、娘たちは嫁入り道具にして子や孫に伝えた。
森明子(民族文化研究部教授)
◆今月の「オタカラ」
標本番号:H0007684 / 資料名:シャツ
※下段左の写真は襟ぐりの刺繍◆関連ページ
ヨーロッパ展示が新しくなりました。
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