国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from France  2012年6月22日刊行
三島禎子

● 殺人犯をめぐる言説

2012年3月のフランスは連続殺人事件で騒然としていた。フランス南西部のトゥルーズ周辺で兵士など7人が殺害され、その後ユダヤ人学校前で教師1人と子ども2人が射殺されている。この殺人犯として浮かび上がってきたのが、モハメド・メラという青年であった。そして22日、メラ容疑者は立てこもっていた自宅アパートで特殊部隊に射殺され、事件は一件落着をみた。

この事件は1993年パリ郊外のヌイー市の保育園児人質事件と並んで人びとの記憶に残った。たまたまこのときも私はパリに滞在中であった。二つの事件に共通しているのは、どちらの容疑者も特殊部隊によって射殺された点である。また元サルコジ大統領が事件の終結に指導力を握った点も共通している。前者はヌイー市の市長として、そして今回の事件では大統領在任中の大統領選の最中であった。

ヌイーの容疑者は射殺後に、貧困状態にあるうつ病患者というプロフィールが明らかになった。それに対し、メラ容疑者のプロフィールは、事件の進行とともに、ある犯人像が作り上げられていった。そこに政治的な操作があったか否かはわからないが、メディアによると、メラはアルジェリア系のムスリムで、国際テロ組織アルカイダのメンバーと自称するテロリストである。大統領選最中のサルコジはフランス兵士が殺害されたことを「フランス国家に対する挑戦」ととらえ、ユダヤ人学校襲撃については国内の人種差別を憂慮し、宗教の対立を強調した。さらにメラがアフガニスタンなどで軍事訓練を受けたことが明らかになると、断固としてテロと戦う姿勢を打ち出した。

テレビニュースや各紙では、おおむねこのような路線で報道がおこなわれた。しかしそれに疑問をもつ人びともまた多い。なぜなら固定化されたメラに関するプロフィールには、ムスリムが多くを占める移民への反感や、イスラームテロ組織を敵対視する国家の思惑があからさまに表れているからだ。もちろん世の中にはこのような報道内容を疑わない人も多く、私とてこの青年に肩入れする立場ではない。しかし、別の見方もまた可能である。メラは少年時代から盗みや暴力沙汰になじみの深い不良であり、軽犯罪者とムスリム移民というレッテルゆえに就職もできず、軍隊への志願さえも却下された。すなわち、フランス社会のなかで行き場を失ったアウトローである。とすると、この事件の本質は、単純に国家に対するテロであるとは言い難い。むしろ国内の失業や軽犯罪問題、そしてそれゆえに困難になる移民の統合にある。すなわち、移民の存在が社会と経済における諸問題の原因なのではなく、社会経済の諸問題ゆえに移民の存在が脅かされることを示唆する事件であったといえよう。

三島禎子(民族社会研究部准教授)

◆関連ウェブサイト
CNN.co.jp
MSN 産経ニュース
時事ドットコム(モハメド・メラの検索結果)
AFP BBNews
フランス共和国(日本外務省ホームページ)