国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from the Arctic  2012年9月14日刊行
岸上伸啓

● 岐路に立つ先住民生存捕鯨

クジラとは、数メートルのイルカから25メートルを超す世界最大の生物シロナガスクジラまで85種の鯨類をさす総称である。人類はクジラを食料や生活資源、産業資源として利用してきた。しかし、いまやクジラは環境保護のシンボルへと変貌しつつある。

アラスカ沿岸部のイヌピアットらによるホッキョククジラ漁は1000年以上の歴史を持つ。彼らの捕鯨は、「先住民(原住民)生存捕鯨」と呼ばれ、国際捕鯨委員会(略称IWC)の管理下にある。現在、先住民生存捕鯨は、アラスカ先住民の捕鯨のほかに、アメリカ先住民マカーやロシアのチュクチらによるコククジラ漁、グリーンランドのイヌイットによるミンククジラ漁とナガスクジラ漁、ホッキョククジラ漁、そしてカリブ海のベクウェイ島民によるザトウクジラ漁である。

これまで5年ごと(今年から6年ごと)にIWC総会で先住民生存捕鯨の捕獲上限が提案され、総会の承認のもとで、捕獲が許可されてきた。このことは、先住民以外の人々の決定によりその実施が否定される可能性があることを意味している。

2012年7月2日から7月6日まで第64回IWC年次総会が中米のパナマシティにおいて開催された。7月4日には現状維持の捕獲枠を提案したアメリカやロシアなどの先住民生存捕鯨は承認されたが、7月5日には捕獲枠の拡大を提案したグリーンランドの先住民生存捕鯨は反対多数で否決されるという事態が発生した。この結果、グリーンランドでは2013年からむこう6年間、捕鯨ができないことになった。これまで商業捕鯨に反対してきた国々の多くは先住民生存捕鯨についてはあえて反対しなかったが、今回の投票結果から先住民生存捕鯨についても必ずしも賛成しているわけではないことが分かる。すなわち、多くのIWC加盟国は先住民生存捕鯨を現状維持ならば認めるが、その拡大は認めないという立場を取っているのである。

このように政治や経済が国を越えて影響しあうグローバル社会では反捕鯨がますます主流になりつつあり、先住民による捕鯨すら存続の危機に瀕しているのである。現在、日本人の多くは捕鯨問題に関心を失っているが、日本の沿岸小型捕鯨を含め、人間とクジラの関係や捕鯨のあり方について真剣に考えなければならない岐路に立っているのではなかろうか。

岸上伸啓(研究戦略センター教授)

◆関連ウェブサイト
国際捕鯨委員会(IWC)
第64回国際捕鯨委員会(IWC)年次総会の結果(日本国外務省ホームページ)