国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Madagascar  2013年3月15日刊行
飯田卓

● 無形文化遺産と人びとの誇り

今からちょうど10年前の2003年、ユネスコ総会で「無形文化遺産の保護に関する条約(無形遺産条約)」が採択された。世界遺産条約ほどには知られていないこの条約も、今年は少し話題にのぼるかもしれない。

無形遺産の対象となるのは、民俗知識や儀礼、芸能など、必ずしもモノのかたちをとらない伝承である。このことは、世界遺産が建築物や自然環境などを対象とし、なんらかのモノ性を重視しているのと対照的である。もうひとつの対照点としては、世界遺産が人類普遍の価値基準にもとづいているのに対し、無形遺産は、継承者の誇りやアイデンティティをはぐくみ保つ点が評価基準となる。世界遺産はユニバーサルであるのに対し、無形遺産はローカルなのである。無形遺産が理解されにくい理由のひとつは、この点にあるだろう。

3月14日から始まった特別展「マダガスカル 霧の森のくらし」は、この無形遺産と大きく関わっている。特別展でとりあげているザフィマニリ人の木彫り技術は、マダガスカルで唯一、ユネスコ無形文化遺産として登録されている。彼らの伝える木彫り技術は、磨きぬかれた職人芸というのとはすこし違う。周りの人がやっていることを見よう見まねでおこなううち、いつのまにか身につくという類のものである。

ザフィマニリの人たちがそうした技術を伝えてきた理由のひとつは、彼らの生活圏が急峻な山に囲まれており、交通が不便だったということがあげられる。工業製品が大量に届くということがないから、生活に必要なものを自分たちで作るしかなかったのである。このようにやむを得ず存続してきた手仕事だが、現代では、ザフィマニリらしさのひとつとして意識されるようになっている。木彫りを習得し伝えていくことが、ザフィマニリの誇りとなりつつあるのである。

くらしに誇りをもつ生きかたは、グローバル化が進む現代においても重要だ。このことが、無形遺産を支える理念となっている。特別展でも、このことを感じていただけるに違いない。特別展は、6月11日まで開催している。

飯田卓(民族社会研究部准教授)

◆関連ウェブサイト
特別展「マダガスカル 霧の森のくらし」
マダガスカル共和国(日本国外務省ホームページ)