巻頭コラム
- World Watching from India 2013年4月19日刊行
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杉本良男
● 空前のバラマキ政治
科研費の助成をうけて、2011年から南インド、タミルナードゥ州クンバコーナム市近郊の農村調査を実施している。この村では1990年に一度調査を行っており、その後20年間の社会経済変化の実態をかなり詳しく知ることができた。この20年はインド経済が飛躍的に発展した20年でもある。
とくに所有する耐久消費財に関する調査では、モーターバイクや携帯電話などが普及し、さらにテレビ、カレー料理に欠かせないスパイスをひくグラインダーとミキサー、プロパンなどの普及率が飛躍的に伸びていることが分かった。インフラの問題などで固定電話がなかなか入らなかったインドで、携帯が一気に普及したのは至極当然のことである。ただそれだけにさまざまなゆがみもあり、州の59パーセントの人が携帯をもっているのに対して、69パーセントの人の家にトイレがない、という数字が笑い話のように伝わっている。
2006年に州議会選挙に勝利したカルナーニディ前首相(DMK=ドラーヴィダ進歩連盟)は選挙公約に従って、貧困層を対象に14インチのカラーテレビを配った。1000億円近くを費やして250万台を配った効果で、テレビの普及率は60パーセントから86パーセントに上昇した。衛星放送の普及率もあがり、自分がもっているテレビ局が潤ったとも言われる。2011年にそのあとを襲ったジャヤラリター現首相(ADMK=アンナー・ドラーヴィダ進歩連盟)は、スパイスなどをひく電動グラインダーとミキサー、月当り20キロの米、ラップトップ・コンピューター、牛、ヤギなど史上空前のバラマキを公約し、それがさっそく実施されている。
1960年代からタミルナードゥの政治を担ってきた地方政党DMKもADMKもともに弱者への手厚い福祉政策を競ってきた。もともとは同じ政党であったが、指導者同士の仲たがいで分かれた政党で、数年ごとに政権が入れ代わっている。互いに前政権の不正を暴きあったり、またバラマキを競ったりしてきた。かつてはサリーや男物のドーティーなどの消耗品が配られたが、21世紀に入って耐久消費財が配られるようになった。その財源は、津波災害復興予算の余剰や、州が一手に専売している酒の売り上げだと噂する人もいる。農村社会経済の変化の要因に、政治的思惑が重要な要素となって来ているのである。
杉本良男(民族文化研究部教授)
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