国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Beijing, China  2013年9月20日刊行
小長谷有紀

● 日本人が見あたらない!

北京はしばしば訪れるが、かといって観光地にわざわざ出向くわけでもない。今夏、30数年ぶりに、天安門広場や故宮博物院(紫禁城)などを訪れてみた。

相変わらず、観光客は多い。ただし、今年はこれでも少なくなったという。習近平が最高指導者の国家主席に就いてから綱紀粛正ムードがひろまっている。全国各地の各組織において、幹部たちによる公金の無駄使いが厳しく禁じられており、宴会での食べ残しも告げ口されてしまう。それで旅行が減っているというのだから、言い換えれば、これまでの旅行の多くが公費で行われていたことになるだろう。

今年は減ったと言うものの、それでも、北京市内の観光地には、もっぱら中国人客がひしめいていて、外国人客は目立たない。故宮を見学するためのチケット売り場がオープンした朝8時30分の時点で、10列ほどの人垣がつくる数百人の観光客のなかに、いわゆる金髪碧眼は10人にも満たなかった。日本人らしき人も見当たらなかった。

渡航禁止の命令でも出たかのごとく、日本人がまったく見当たらないのはいったいどうしたことだろう。たしかに、最近の中国に関する話題といえば、環境汚染や食品汚染など、旅の計画をとりやめたくなるような話題が多い。さらに、尖閣諸島に先鋭にあらわれているように国際関係も冷えている。けれども、こんなときだからこそ、市民レベルの文化交流はとても大切だ、と思う。

列車に乗ると、とくに「硬座」という普通客車に乗ると、みんなとても親切だ。日本人か?と聞いてくる。荷物の上げ下ろしを手伝ってくれる。弁当の用意をしていないわたしたちに、自分たちの食料を分けてくれる。旅をすれば、人の親切が身に染みる。

いま、時代はインターナショナルからトランスナショナルへ。パスポートはいまでも必要だが、ことさら国家を意識することなく、トランスナショナルに交流する市民こそが、平和の礎になるにちがいない。

小長谷有紀(民族社会研究部教授)

◆関連ウェブサイト
故宮博物院(紫禁城)
中華人民共和国(日本国外務省ホームページ)