みんぱくのオタカラ
- 帰国華僑のパスポート 2013年11月22日刊行
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河合洋尚
みんぱくには、80年も前に使われたパスポートがある。1933年、インドネシアから中国に戻った華人が使ったパスポートである。このパスポートは、薄緑色で比較的厚く、紙1枚だけのものである。当時、インドネシアはオランダ領であったため、両面の文字はすべてオランダ語で印字されている。このパスポートの持ち主は、中国広東省梅州市を故郷とし、インドネシアで生まれ育った中国人女性―A氏である。パスポートには、彼女の民族、年齢、身長、居住地などの情報が書かれており、表面には写真が貼られている。民族の記入箇所には、その下位区分を書く欄もあり、「Chinees Khe(中国人・客家)」という文字が手書きで記入されている。
A氏がインドネシアから中国の故郷に帰国した理由は、政情の悪化に危機感を抱いたことが原因であったと聞く。また、A氏の姉も1943年に同種のパスポートを使って帰国したが、戦争勃発後であったため、一緒に連れて帰った5人の子供のうち、2人を帰路に失った。梅州には1万人ともいわれる帰国華僑がいるが、同種のパスポートの大部分は、さまざまな理由により、すでに失われている。しかし、このパスポートは、無事に中国に帰国したA氏の姉の子の1人(現在79歳)により大切に保管されてきた。日本の観覧者に見ていただきたいという彼の願いもあって、それを、みんぱくに寄贈していただいた。紙一枚のパスポートには、戦前にインドネシアから中国に戻った帰国華僑たちの、悲しい記憶が刻まれている。
河合洋尚(研究戦略センター助教)
◆今月の「オタカラ」
標本番号:H0274376/資料名:パスポート