巻頭コラム
- 言語学の力 ~グアテマラ~ 2014年7月1日刊行
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八杉佳穂
2010年から、「OS型言語の文処理メカニズムに関するフィールド言語認知脳科学的研究」という研究プロジェクトに協力するために、グアテマラで3週間ほどの調査を年2回4年間にわたっておこない、この3月に現地調査は終了した。プロジェクトは、マヤ諸語の一つカクチケル語を認知脳科学的にさまざまな角度から調査しようというものだった。例文や絵を利用して、電極を頭につけたりMRIなどを利用して脳の活動部位や眼球の動きなどを調べたりする実験が主で、カクチケル語の例文作りや現地の調査協力者集めなどを手伝った。なぜカクチケル語かというと、日本語とは逆の語順の動詞-目的語-主語(VOS)が本当に基本語順といえるのか、全世界で2%ほどしかない珍しいVOS語順で文が生成されるはなぜなのか、などを調べるためにふさわしい言語だったからである。4年の研究成果は公開シンポジウム(12月21日於民博)で発表される予定である。
カクチケル人は、首都のグアテマラ市のすぐ西側に100万人以上いるといわれるが、カクチケル語を話すことができるのはそのうちの40万人ほどである。それぞれの町では少しずつ異なることばが話されているので、51ある町の数だけ方言があることになる。たとえば音に関していうと、子音はあまり違わないが、母音は6母音から10母音の違いがある。語や文のレベルでも異なることがたくさんある。
グアテマラでは、80年代後半から、言語復興が盛んになり、マヤ人の言語学者がたくさん生まれ、言語学でも「飯が食える」時代になった。彼らは、そうした方言の差を乗り越えるために、何度も集まり議論して、表記法を定め、辞書や標準文法まで出版した。そしていまではマヤ人の多くが読み書きできるようになった。
また、多くの人がコンピュータを使いこなして、わからないことがあると、すぐにコンピュータの前に座って調べたり、Eメールで通信をおこなうようになった。そしてほとんどすべての人が携帯電話をもつようになった。そのお蔭で、簡単に連絡が取れるようになり、調査が非常に容易になった。
日本から来たと言ったら、真顔でいくつ山を越えてきたかと尋ねられた40年ほど前と比べると、隔世の感がある。マヤ諸言語は蔑視の対象で、衰亡の危機にあったが、いま言語学のおかげで、2言語教育が学校に取り入れられ、言語が再活性化している。言語学が民族の誇りを取り戻す役割を果たす力にもなったのである。
八杉佳穂(民族文化研究部教授)
◆関連ウェブサイト
OS言語の文処理メカニズムに関するフィールド言語認知脳科学的研究(東北大学)
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