国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

イースター島の環境崩壊とモアイ  2014年12月1日刊行
印東道子

オセアニアには巨石文化が各地に存在する。最も有名なのがイースター島の石人像モアイであろう。巨大なモアイ像が海を背にして立っている風景は、まさにこの世の果てのような印象をあたえる。さらに謎なのが、突然放置されたかのように未完成のモアイが累々と並ぶ光景である。

このモアイ、近年のJ.ダイアモンドのベストセラー『文明崩壊』(草思社)の中で、人類による環境破壊の象徴として紹介されている。島にあった森林をモアイ像の運搬用にすべて切り倒してしまったので、未完のモアイが大量に残されたのだという。この説、にわかには信じがたい。たしかに、18世紀にイースター島を訪れたヨーロッパ人は、島には木が一本もないと描写しているし、人間が住みはじめるまでは森林に覆われていたことも花粉分析からわかっている。しかしモアイを作ったのは、自然とうまく調和して文明を築いてきたポリネシア人である。木をすべて切り倒してしまえば、カヌーも作れなくなるのがわからないほど愚かではなかったはずだ。

この疑念が正しかったことが、ハワイ大学のT.ハントらの最近の研究によって明らかになった(Hunt and Lipo, 2011, The Statues that Walked)。ハントらは、島を覆っていたのはチリサケヤシ(Jubaea chilensis)という著しく成長が遅い巨木であったこと、ポリネシア人がイースター島に伴ってきたネズミが天敵のいない環境で急激に増加し、チリサケヤシの実をかじってダメージを与えたこと、そしてモアイを運搬するのにチリサケヤシは使われなかったこと、などを指摘した。

チリサケヤシは、同じヤシ科植物でも、ポリネシア人になじみのあったココヤシとは大きく違う。果実は直径2cmほどしかなく、ジュースも果肉もない。しかも、成長スピードの遅さは半端ではない。ロンドンのキュー植物園に植えられたチリサケヤシは、植えてから花が咲くまで100年以上もかかった。つまり、無人のイースター島でゆっくり育まれてきた森林は、13世紀に突如やってきた人間とネズミによって急速に破壊され、再生産できずに消滅したのである。

ハントらは、モアイを運ぶのにそれほど人数は必要なかったことも実験によって明らかにした。ユーチューブでみることのできる実験動画は、まさにモアイが自分で歩いて移動しているかのようで、わずか30人ほどがロープを交互に引いてあの重いモアイを歩かしている。起伏のある地表をこの方法のみで動かせたのか、ロープは何で作ったのか、などの問題は残るが、イースター島の森林がモアイ建設によって破壊されたとする根拠は崩れたことになる。

◆関連写真

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イースター島に残された未完のモアイ像

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巨大なチリサケヤシ(写真提供:名和昌介)

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小さなチリサケヤシの実(写真提供:名和昌介)

◆関連ウェブサイト
▽モアイの歩行実験映像(YouTube)
チリ共和国(日本国外務省ホームページ)