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巻頭コラム

シンドバード(シンドバッド)とライオン――新発見のアラビアンナイト写本  2017年7月1日刊行
西尾哲夫

アラビアンナイト(千一夜物語とも)中、もっともよく知られている話のひとつに、「シンドバード航海記」がある。商人のシンドバード(シンドバッド)が世界の海を航海しながら、巨万の富を手にいれるという海洋冒険譚だ。「シンドバード航海記」にはふたつの異なった伝承経路があり、最終航海となる第七の航海ではちがった物語が展開している。ところが最近、第七の航海にはキリスト教徒が伝承していたと思われる三つめの物語があることがわかった。

この物語では象牙商売で成功したシンドバードがモスクのある町にたちよるのだが、その町では日没後には町の門をすべて閉じることになっていた。シンドバードは町のひとに頼みこむが、掟だからと聞いてもらえない。ライオンが出る場所だったので、町のひとが門前のモスクに入るようにとすすめてくれた。シンドバードがモスクに入って中から鍵を閉めると、ライオンが扉の内側につながれていたロバを食おうとするのだが果たせなかった。夜があけるとモスクのムアッジン(礼拝の時刻を告げる人)がやって来てライオンに食われてしまったが、シンドバードは助かって無事に帰国する。

ライオンが出てくる三つめの物語を記したテキストの中には、ガルシューニー写本とよばれるものがふくまれていた。ガルシューニー写本は、シリア文字で書かれたアラビア語で記されており、キリスト教徒によって伝えられてきた。ムアッジンがライオンに食われるというムスリムにとってショッキングな展開は、現在広く読まれているアラビアンナイトでは削除されており、アラブ的かつイスラーム的な物語として再構成された可能性がある。

別系統の物語を記した写本テキストを分類してそれらの相互関係をさぐれば、シンドバード航海記の成立過程についてだけではなく、イスラーム世界とキリスト教世界の双方を往還することで形を変え、文明を越境しながら受容されてきたアラビアンナイトの本質にもせまることができるだろう。

西尾哲夫(グローバル現象研究部教授)

◆関連写真

ワークショップ

物語の中ではシンドバードはイラク南部のバスラの港から船出しているが、現在のオマーンではシンドバードはオマーン人で、スールまたはソハール(写真)の町の出身ということになっている。