国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

「フェミサイド(女性殺し)」に声をあげる人々 ~イタリア~  2018年7月1日刊行

宇田川妙子

陽気で明るい国といわれることの多いイタリア。しかし最近では、移民や同性愛者たちなどへの嫌悪や差別が深刻な社会問題になっており、暴力事件もしばしば起きている。そしてそんな中、「フェミサイド(イタリア語ではフィミニチーディオ)」という言葉もよく聞かれるようになった。少々過激だが「女性殺し」という意味である。

 

たとえば、私が滞在していた今年2月末、ローマ近くで悲惨な事件が起きた。妻への暴力が原因で別居中の夫が、妻と娘2人に発砲し(娘2人は死亡)、拳銃自殺を図ったというものである。夫はカラビニエリ(国家治安警察官)で、早朝出勤する妻を待ち伏せ発砲した後、妻の家に入り、娘たちを人質に半日立てこもった。同僚たちの説得もむなしく夫は自殺し、その後に警官隊が家に踏み込むと、すでに娘たちも亡くなっていた。この事件は大きな注目を集め、典型的な「フェミサイド」として報道された。

 

この語の定義は、一般的には「女性が女性ゆえに殺される」というものである。性犯罪なども含まれるが、イタリアで今とくに問題になっているのは、夫や恋人などによる暴力、つまりDVによって女性が犠牲者になるケースである。昨年、国会でも、2016年に起きた殺人事件による女性の死亡者149人のうち、夫・恋人(元も含む)や親族によるものは109人(約73%)なのに対して、男性の死亡者251人では40人(約16%)であり、明らかに「フェミサイド」の傾向があると報告された。また、殺人による10万人当たりの死者数を1992年と2015年で比較すると、男性では4人から0.9人に減少しているのに、女性では0.6人から0.4人へと減少率が低く、女性が被害者となる事件の対策が不十分とも指摘された。

 

イタリアにおける女性への暴力の対応は遅く、ストーカーやDVを犯罪とみなす法制度化はここ数年のことである。セクハラや心理的な暴力に対してはさらに立ち後れている。ゆえに最近では、一般の女性たちも声をあげ始めている。11月25日の「女性暴力反対デー」(国連制定)には全国でデモ等が行われ、昨年、ローマには15万人が集まり、多くの男性も参加したという。

 

そして私が滞在していた今年3月8日「国際女性デー」でも、「フェミサイド」に抗議するデモや集会が開かれ、TVでも特別番組が組まれた。イタリアではミモザが女性の権利の象徴とされ、この日は、男性から女性へミモザが贈られる日でもある。しかしここ数年は、女性同士で、いまだ声をあげられない女性たちへの連帯の印として贈りあい、身につけるようになった。私もこの日、市場でミモザの花束を買いながら、やはりDVやストーカー事件が後を絶たない日本にも思いをはせた。

 

宇田川妙子(国立民族学博物館教授)

 

◆関連写真

毎年、3月8日「国際女性デー」が近づくと、イタリアの花屋には黄色のミモザの花があふれかえる(2017年3月、ローマ)。


 

◆関連ウェブサイト
昨年の「女性暴力反対デー」のデモの様子
デモを主宰した団体Non Una di Menoのホームページ内