国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

カヴァの最新動向――その広がりと商品化から健康論争まで  2018年12月1日刊行

丹羽典生

2018年8月。1930年代のオセアニアの写真に関する調査で、ソロモン諸島とフィジーを回ってきた。その際調査の本筋とは関係ないが、見聞したオセアニア地域の伝統的飲料であるカヴァの最近の動向の一端について書いておきたい。

 

カヴァとはコショウ科の灌木の根を砕き、成分を絞り出して作られる飲み物である。アルコールは含まれていないが、鎮静作用がある。オセアニア地域ではひろく伝統的な儀礼の文脈から日常的な社交の文脈でまで使用されている。さて、ソロモン諸島の首都ホニアラで驚いたのは、カヴァバーがあったことである。ソロモンはもともと嗜好品としてはビンロウ(ヤシ科の植物の実。噛みたばこのように使用する)文化圏にあり、カヴァを嗜む文化はなかった。さっそく注文してみると、アルコールを供するバーの品揃えの一環として、バーテンダーがその場で作ってくれた。乾燥カヴァで、濾す際に使用されている道具も、フィジーやポリネシア圏と同じ種類であった。カヴァの粉はてっきり輸入しているのかと思いきや、同国のマライタ州の産物とのこと。当方の知らないところでもっと浸透していたのかもしれない。

 

もうひとつ驚いたのは、フィジーの空港でのことである。カヴァを飲むにはその根を砕いた粉を袋に入れて濾すという手間がかかるが、その手間自体が茶道のような伝統的手順の一環でもあるのでたやすく変わらないと思っていた。ところが空港で見つけたのは、カヴァをインスタントコーヒーのように水で溶くだけで飲めるインスタント・カヴァの製品であった。また濾す作業を軽減するシェイカーも売られていた。率直に言ってこれらの新製品や道具で作れるカヴァの量では、平均的なフィジー人には全然物足りないと思われる。これらの製品が海外旅行客向けなのか、それともより広い顧客がいるのだろうか。

 

また本稿執筆時には、イギリスの皇太子夫妻がフィジーに来訪して、いわば入国儀礼としてカヴァを飲んでいた。BBCが本件を報道する中で、カヴァを飲むことは「危険」で「ばかげている」というある専門家の発言を引用したことから (BBC NEWS) 、カヴァを日常的に愛飲しているオセアニア界隈のソシアル・ネットワーキング・サービスを中心に激しい反論を巻き起こしている。

 

期せずしてカヴァの最近の動向を目にして、今後ももう少し追跡してみたいと考えた次第である。

 

丹羽典生(国立民族学博物館准教授)

 

◆関連写真

インスタント・カヴァ。(2018年、筆者撮影)


 

ソロモン・マライタ産のカヴァ。右側のカヴァの袋にはフィジー式のカヴァの鉢の写真が掲載されている。(2018年、筆者撮影)


 

フィジーより帰国前の筆者を囲む最後のカヴァ飲み。洗面器に入っているのがカヴァ。その手前にある赤いケースの中のココナツ殻をコップとして回し飲みする。ペットボトルにはカヴァを作るための水が汲まれている。(2018年、筆者撮影)