国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

揺れる女人禁制~インド  2019年3月1日刊行

松尾瑞穂

聖なる空間からの女性の排除は、世界中でしばしば見られる現象である。日本においても、霊山と呼ばれるいくつかの修験道の聖地では、近代になるまで女性の参拝が禁止されていたし、世界遺産に登録された沖ノ島や、大相撲の土俵にはいまでも女性は入ることは出来ない。このような例は枚挙に暇がない。

 

インドでも、女人禁制のヒンドゥー寺院がいくつかあり、そこに祀られているのは配偶神を持たない独身男性(ブラフマチャリヤ)であることが多い。女性の参拝が禁止されている理由としては、ヒンドゥー教では女性の血をケガレと見なしており、月経周期にある女性の聖なる空間への入境を忌避するといった宗教的な理由が考えられる。いま、大きな問題となっているケーララ州のシャブリマラ寺院では、10歳~50歳の女性が参拝禁止とされていることからも、まさに月経の有無が問題だということが窺えるだろう。

 

それに抗議の声を上げたのが、インドの女性活動家たちである。彼女たちは、女性の参拝禁止はジェンダー差別であり、人権侵害にあたるとして、デモ活動や寺院境内への強行突入、最高裁への提訴などを行ってきた。女性組織は、寺院は公共空間であり、性別を理由とする排除は信仰の自由という憲法が保障する人権への侵害であると主張するのに対し、寺院側は、寺院は信託団体によって管理された私有財産であり、強行突入は私有地への無断侵入に値すると主張している。

 

そのようななか、インド最高裁は2018年9月に特定年代の女性の排除を違憲とする判決を出し、女人禁制を撤廃するよう寺院側に勧告した。まさに女性活動家の勝利といえる結果であった。だが、それに続いて起こったのは、阻害されているはずの市井の女性たちによる、大規模な「待つ準備がある(ready to wait)」キャンペーンである。彼女たちは、参拝が可能になる年齢まで待つことを選ぶことで、信仰にまつわる「伝統」を尊重するという立場を取る。

 

平等を求める市民社会の論理と「伝統」の相克は、女人禁制をめぐって、大いなる論争を引き起こしているのである。

 

松尾瑞穂(国立民族学博物館准教授)