国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

嗅ぎ薬〜タイ〜  2019年5月1日刊行

大澤由実

タイの北部チェンマイで調査をしていた時のことだ。調査を手伝ってくれていた学生さんが、突然具合が悪いと座り込んでしまった。心配した私は、まずは自分が持っていた水を彼に手渡した。しかし、周りにいた人達の行動は違った。みんなそれぞれポケットから何かを取り出し、一斉に彼に差し出したのだ。

 

それはヤードムと呼ばれる嗅ぎ薬であった。「ヤー」は薬、「ドム」は嗅ぐ、文字ながらのこの嗅ぎ薬「ヤードム」には色々な種類があるのだが、嗅いでみるとどれもカンファー(樟脳)、ペパーミント、ユーカリのオイルやメントールなどの清涼感のあるスッキリとした香りが特徴的だ。ヤードムはとにかく用途が幅広い。乗り物酔い、鼻詰まり、頭痛、暑さ対策、眠気覚まし、気分転換などのために、カバンやポケットからさっと取り出しその匂いを嗅ぐのである。人の多いバンコクの混んだ電車やエレベーターで周りを見渡すと、かなりの確率でこのヤードムを嗅いでいる人をみかけるだろう。

 

一番人気はリップスティック型のプラスチック製の容器に液体が入っているもので、ポケットにしまいやすく、直接鼻の穴に挿す人もいるほどだ。それだけ癖になる香りなのだ。ヤードムを鼻に挿す行為は、タイではよく見かける光景だと思っていたのだが、これは女性はやらない方が良いと言う人や、タイの面白おかしな文化として自虐的に取り扱う人、また年寄りのスタイルだと言う人など実は色々な意見があるようだ。

昔ながらのタイプのヤードムは黒胡椒、クローブ、シナモンなどの乾燥したハーブとオイルを混ぜたものだが、最近はお洒落なデザインの容器に入ったものも見かけるようになった。ヤードムは日本で花粉症に苦しんでいる筆者の必需品でもある。

 

大澤由実(国立民族学博物館機関研究員)

 

◆関連写真

貯金箱のデザインにもなったスティックタイプのヤードム


 

ハーブタイプ、スティックタイプなどのヤードム各種