国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

空飛ぶ神さま――ネパールのアカーシュ・バイラヴ  2019年12月1日刊行

南真木人

私の手元にネパールヒマラヤの秀峰アマダブラムを描いた一枚の油絵がある。ヒマラヤ画の第一人者クリシュナ・ゴパール・ランジットさん(以下、KGランジットさん)の作品で、彼の娘で現代美術家のアシュミナ・ランジットさんを通じて入手したものだ。KGランジットさんの経歴は少し変わっている。画家になる前、彼はロイヤル・ネパール航空(現ネパール航空)の広報部の社員として、ロゴやポスター、パンフレットなど同社が発行する印刷物などのデザインを担当していたのだ。

 

ロイヤル・ネパール航空のドル箱は、首都カトマンドゥから東にサガルマータ(エベレスト)近くまでを小1時間かけて周遊するマウンテン・フライトだ。そのフライトではかつて、連なるヒマラヤ山脈のどれが何の山か分かるよう、スケッチに山名と標高が記された横長のリーフレットが配られていた。それもKGランジットさんが手掛けたものだった。1990年代以前にネパールを旅した外国人の多くは、これを捨てずに持ち帰り、帰国後に現像したヒマラヤの写真と見比べていたことだろう。

 

ある時、私がKGランジットさんの知り合いであることを知った同社のパイロットから、こんな話を聞いた。ネパール航空にも継承されていることだが、ロイヤル・ネパール航空の機体には、シヴァ神の憤怒相であるアカーシュ(空の)・バイラヴの顔が描かれていた。機体が納品され、いよいよ初就航を前にしたセレモニーの場、KGランジットさんは見守るパイロットや社員の前で残しておいたバイラヴの目を描き、入魂儀礼をしたものだそうだ。アカーシュ・バイラヴはその起源譚から天空の神とされるが、機体に描かれたそれは安全運航の守護神となる。その生みの親がKGランジットさんということで、パイロットは皆、彼を敬愛してやまなかったという。

 

飛行機の安全も神頼み?と訝しく思うかもしれない。だが、ガルーダや龍、神話上の鳥など神獣を描いたロゴは、他の航空会社でも少なくなく、ましてや鳥や凧ともなると、日本航空を出すまでもなく枚挙に暇がない。思い出すのは2011年、ネパールのブッダ航空(ロゴは流石にブッダではなく二羽のハト)が初めて墜落事故を起こしたとき、巷で「仏陀の力を持ってしても駄目だったか」と囁かれたことだ。迷信や邪教と片づけるのは簡単だ。だが、高度な文化を持ったヒトだからこそ、仏陀にすがり、機体に空飛ぶ神さまを描くのだと考えるほうが面白いし奥深いのではないか。

 

この絵は来年3月から開催される特別展「先住民の宝」で、娘のアシュミナさんのリトグラフ作品とともに展示する予定である。

 

南真木人(国立民族学博物館准教授)

 

◆関連写真

「アマダブラム」作 KGランジット


 

KGランジットさん


 

ネパール航空のロゴに用いられるアカーシュ・バイラヴ


 

『月刊みんぱく』2002年5月号(表紙写真)と説明文


 

◆関連ウェブサイト

特別展「先住民の宝」

「現代ネパール文化の躍動」(みんぱくで開催されたイベント)