巻頭コラム
- 世界の島嶼をつなぎ共振する音楽 2020年8月1日刊行
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感染症の世界的な拡大は、国や人種の分断や差別を次々と表面化させ、一方でそれに抗う人々の運動も瞬く間に各地に波及している。他者や環境といかに関わるのか、まさに問われている今、一つの音楽ドキュメンタリー映画が日本で公開される。Small Island Big Song(邦題『大海原のソングライン』)である。世界各地の島嶼の音楽が共振し、国や地域、民族を超え、ともに「今」を生きることを意識させる作品である。
オーストラリア人監督のティム・コールと台湾人プロデューサーのバオバオ・チェンは、3年の歳月をかけて、台湾、ボルネオ島、ソロモン諸島、マダガスカルなど16の島嶼地域で現地の音楽家と協働して録音を行っている。その注目すべきは、祖先から継承した各地の音楽に、他の島嶼の音楽が徐々に重なり、最後には共振して力強い一つの作品が創造される点である。また同時に、島嶼の人々を苦しめる気候変動や海洋汚染にも警鐘を鳴らす。
作品中には竹を素材とした優しい音色の楽器が数多く登場する。口琴、縦笛、パンパイプ、そして竹筒を共鳴器とした「筒状ツィター」(写真 1)である。マレーシア・カリマンタン(ボルネオ島)の筒状ツィター(写真 2・上)は、竹の表皮を線状に切り出して駒で持ち上げ、それを弦として指で弾いて演奏する。こうした東南アジアの筒状ツィターは、古代からの海の民の移動によって、遥か西のマダガスカルにも伝播したと言われている。マダガスカルではヴァリハと呼ばれ、東南アジア同様の切り出し弦のもの(写真 2・中央)に加え、現在はスチール弦を張ったシャープな音色の改良型(写真2 ・下)も用いられる。かつて人の移動に伴ってこうした楽器が各地に伝播した。その各地の音楽が共振して生み出された力強い音楽は、今こそ、いかに国や民族を超えてつながるか、いかに他者の文化や暮らしを尊重し、そして自然を敬うかと、問いかけてくる。
岡田恵美(国立民族学博物館准教授)
◆関連写真
[写真 1]
映画『大海原のソングライン』より、マダガスカルの楽器ヴァリハと奏者サミー・サモエラ氏
(写真:配給会社提供)[写真 2]
民博所蔵の筒状ツィター(上)切り出し弦の筒状ツィター(標本番号H0000877、マレーシア・カリマンタン、長さ51cm)
(中央)切り出し弦のヴァリハ(標本番号H0205807、マダガスカル)
(下)スチール弦のヴァリハ(標本番号H0200648、マダガスカル、長さ105cm)