特別展「先住民の宝」|展示概要
先住民としての誇り、伝統、希望。
世界には、現在70カ国以上の国々に、約3億7,000万人の先住民が暮らしており、その民族の数は少なくとも5,000と言われています。本特別展でいう宝とは、圧政や差別に苦しみながらも、日々を力強く、そして希望を失わず生きてきた彼らにとっての心の拠り所であり、民族としての誇りでもあります。先住民の思いをのせた約740点におよぶ展示品とともに、先住民の世界を紹介します。
解説動画『総論』(信田敏宏) |
約5万年前に祖先が大陸に到達したとされるオーストラリア先住民アボリジニの社会や文化は、18世紀後半に英国植民地となった後に大きく変化した。しかし、入植が進まなかった中央砂漠や北部地域では、生活文化の核である神話体系「ドリーミング」が維持されてきた。彼らの芸能や芸術は、ドリーミングに登場する精霊との対話である儀礼の際に演じられ表現された神話世界が元になっており、今では文化アイデンティティ表現の大きなよすがとなっている。
久保正敏(国立民族学博物館名誉教授)
アボリジニ(オーストラリア)アクリル画_H0149428
鬱蒼と茂る熱帯雨林の森に暮らすオラン・アスリ。獣の気配や鳥のさえずり、虫の声や木々のざわめきに、彼らは耳をすます。命あるものだけでなく、自然の営みすべてに畏敬の念をもつ彼らは、あらゆる事物に精霊が宿っていると信じている。彼らを導き、守ってくれる精霊は、彼らに人間の弱さを知らしめ、反対に、彼らを危険にさらし、命すらも脅かす精霊は、人間の愚かな行いを戒める。自然と共に生きる彼らの精神世界を紹介する。
信田敏宏(国立民族学博物館教授)
解説動画『オラン・アスリ(マレーシア)』(信田敏宏)
台湾には人口の大多数を占める漢族系の人びとよりも早くから先住してきた人たちがいる。これらの人びとは、「もともと住んできた人たち」という意味の原住民族と呼ばれている。言語や社会構造、慣習や物質文化の特徴、アイデンティティから、現在16の集団に分類されている。その中でタオ族は台湾本島以外に住む唯一の原住民族であり、太平洋上の蘭らん嶼しょ島とうに住んできた。サトイモやサツマイモの根栽農耕と漁撈活動を営んできた海洋の先住民族である。
野林厚志(国立民族学博物館教授)
解説動画『タオ(台湾)』(野林厚志)
ネパールにおける先住民「アーディバーシー(最初の住人)」とは、政府が認定した59の民族と未認定のいくつかの民族をさす。その人口は諸民族(ジャナジャーティ)の人口の和となり、約949万人(2011年)。全人口約2,649万人の36パーセントを占め、束になると先住民の人口は少なくない。ただし、民族が固有の言語や伝統的な衣装、歌踊、口頭伝承、信仰などをもち帰属意識が強いのに対し、先住民のほうは近年の民族運動のなかで政治・戦略的に創られた範疇に留まる。民族と先住民が併記されたり、互換的に用いられたりする、ネパールの先住民事情を紹介する。
南真木人(国立民族学博物館准教授)
ネワール(ネパール)仮面ラケ_個人蔵
グアテマラに居住するマヤは、マヤ文明形成以来4,000年の歴史を有する先住民族である。この間、古典期マヤ文明の衰退、スペインによる征服、キリスト教の布教など、マヤ民族は幾多の変遷を経験してきたが、ほぼ変わらずに維持してきたのは機織りのいとなみである。マヤ展示では、手織り布から作られる現代マヤ女性の多様な貫頭着(ウイピル)とその20世紀におけるデザインの変化を紹介する。
また、現在生じている伝統的デザインの剽窃問題とそれに対抗するマヤ女性の知的財産保護活動にも着目する。
鈴木紀(国立民族学博物館教授)
本谷裕子 (慶應義塾大学教授)
解説動画『マヤ(グアテマラ)』(鈴木紀)
サン人とソマリ人は、よく知られたアフリカに暮らす民族である。サンは映画『ブッシュマン』(1980年)、ソマリは映画『デザートフラワー』(2009年)、『キャプテン・フィリップス』(2013年)で登場している。サンは狩猟や採集で生きる人びとで、ソマリは海賊というイメージがあるが、本当にそういってよいであろうか。ここでは、私が二つの社会のなかでフィールドワークをしてきた経験にもとづき、サンとソマリの暮らしの実像を紹介する。彼ら彼女らは、先住民であるのか否か、人びとの歴史と文化を通して考えてみよう。
池谷和信(国立民族学博物館教授)
解説動画『サン、ソマリ(アフリカ)』(池谷和信)
移民の国として知られているカナダには、ヨーロッパ人が北アメリカ大陸に到来した15世紀末よりはるか以前から多様な先住民が住み、独自の文化を形成してきた。なかでもひときわ目を引く文化を持つのは、カナダ西部海岸地域に住むハイダやクワクワカワクゥ、ツィムシアンらである。お互いによく似た文化を形成してきたため「北西海岸先住民」と総称されている。北西海岸先住民の文化の活力を彼らの仮面や儀礼具、版画などによって紹介する。
岸上伸啓(国立民族学博物館教授[併任])
解説動画『北西海岸先住民(カナダ)』(岸上伸啓)
かつてはラップ人と呼ばれ、トナカイ遊牧民として牧歌的イメージで語られていたサーミ人。複数の国家に土地を侵食され、差別を受けてきた歴史は、世界の多くの先住少数民族と変わらない。しかし今日サーミ人は国境による分断をのりこえ、一つの民族として、多くの権利と文化的自治を獲得している。本展では、サーミ人の生活に欠かせず、民族のシンボルともいえるナイフを通じ、彼らの生き方を見ることにしたい。
庄司博史(国立民族学博物館名誉教授)
ロッセッラ・ラガッツイ(映像人類学者、トロムソ大学博物館准教授)
ナイフ(スウェーデン)_H0078296
アイヌは、北海道と樺から太ふと(サハリン)・千島列島・本州東北北部に居住し、アイヌ語をはじめ独自の文化を育んできた民族だが、明治期に同化が進められ、その生活は大きな変化を余儀なくされた。また、1905~45年に日本領となったサハリン南部では、ウイルタやニヴフなどの民族も日本化を強いられた。およそ100年前の北海道や樺太を舞台にした漫画『ゴールデンカムイ』の原画と伝統的な民具、そして現代の工芸家らの作品などを通して、彼らが何を大切にし、何を伝えてきたかを紹介したい。
齋藤玲子(国立民族学博物館准教授)
アイヌ(樺太)_魚皮製衣服_K0004613
© 野田サトル/集英社
『ゴールデンカムイ」(原作:野田サトル)珠玉のデジタル原画とともに、作品にも登場するアイヌの民具を展示します。『ゴールデンカムイ』は、明治後期の北海道を舞台に、日露戦争の帰還兵・杉元佐一とアイヌの少女・アシリパが伝説の金塊を求め、陸軍第七師団や新撰組の残党らと激しい争いを繰り広げる冒険活劇。
『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で好評連載中、2018年にはアニメ化され第一期、第二期がオンエア、第三期の製作も決定した人気作です。