国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱく世界の旅

点字で世界旅行(4) 『毎日小学生新聞』掲載 2015年2月28日刊行
広瀬浩二郎(国立民族学博物館准教授)
点字新聞90年以上の歴史

創刊号(16ページ)と現在の点字毎日(60ページ、左)
 

大阪のあいさつ?

「もうかりまっか」「ぼちぼちでんなあ」。商人の町・大阪では、こんな会話があいさつの代わりになっているといわれます。僕は商売をしているわけではなく、民博で働いていますが、「ぼちぼち」ということばが大好きです。僕にとって「ぼちぼち」とは、自分の好きなことを、自分のやり方で楽しくやるという意味でしょうか。

僕は2001年に民博に就職し、大阪にひっこしてきました。目の見えない僕が、白い杖をもって町を歩いていると、大阪のおばちゃん、おじちゃんがよく声をかけてくれます。「どこ行くの?」「ここは危ないで」「そっちとちゃうちゃう」。僕が行きたいところを言う前に、どんどん道案内をはじめる大阪の人は、とにかく親切、そして少しおせっかいだなあと感じます。「人と違うこと」をおもしろがり、大事にする。そんな歴史が大阪にはあるのだと思います。

大阪から全国の読者へ


点字毎日の印刷室を訪れたヘレン・ケラーさん(左)=1955年

大学院生のころ、僕は「点字毎日」でアルバイトをしていました。「点字毎日」は毎日新聞社がつくっている点字の週刊新聞で、大阪から全国の読者に送られています。現在、日本でつくられている点字新聞は「点字毎日」だけです。「点字毎日」の点字が正しく、読みやすく書かれているかどうかを確かめるのが、アルバイトの僕の仕事でした。点字の文章は、点字を使っている人がきちんと指先で確認すべきだ。これは「点字毎日」がつくられはじめた大正時代から、先輩たちがしっかりと受けついできたルールです。

「点字毎日」の第1号は1922年に出されました。点字新聞は読む人の数が少ないので、もうかるものではありません。でも、応援してくれる人がぼちぼち増えて、「点字毎日」は今日まで続いています(今週は第4729号です!)。やはり「点字毎日」も、「人と違うこと」として大阪で大切にされてきたのでしょう。


点字毎日の印刷室。点字が打ち込まれたアルミ版を輪転機にセットすると、白紙の両面に高速で点字を印刷できます

「点字毎日」の第1号には、目の見えない人たちに知識、勇気、楽しみを与えよう、彼らがくらしやすい社会をつくろうという願いが述べられています。今から100年近く前の日本にも、ちゃんとバリアフリーの考え方があったのですね。日本の社会は遅れていて、目の見えない人は住みにくいとよくいわれます。しかし、90年以上、点字の新聞が続いているのは、世界のなかで日本だけです。僕は「点字毎日」をつくった大阪で、ぼちぼち、おもろい仕事ができることに感謝しています。

 
シリーズの他のコラムを読む
点字で世界旅行(1)
点字で世界旅行(2)
点字で世界旅行(3)
点字で世界旅行(4)