国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱく世界の旅

ルーマニア(3) 『毎日小学生新聞』掲載 2015年6月13日刊行
新免光比呂(国立民族学博物館准教授)
日常にとけ込む神への信仰心

巡礼に向かう人々

私たちは日常生活で、あまり宗教を意識せずに暮らしていますが、世界にはさまざまな宗教を信じている人々がいます。私が調査をしたルーマニアの農村では、キリスト教、特にルーマニア正教が人々の信仰を集めていました。

毎週日曜日のミサ

村の人々は教会に通い、イコン(板に描かれた絵)にキスをし、司祭の言葉に熱心に耳をかたむけます。生活の中のあいさつやしぐさにも、宗教の影響が見られます。こうした人々と日常生活を共にしていると、信仰をもつということは、ごく当たり前のこととして感じられるようになります。


教会でのミサの様子

それは、教会のミサへの参加を通じて身につけられた感覚のようなものです。ミサは、毎週日曜日に行われます。さらに1年を通して大きな区切りとなる復活祭、聖母の被昇天、降誕祭、公現祭などの大きな祭の前には、数週間、毎日行われるミサがあります。

これらのミサに参加していのりをささげていると、あわただしい一日の中で心休まる思いがします。特に夕べのミサは、日がしだいにかげりゆく教会で、司祭や村人のいのりの声を聞いていると、日常のなやみや苦しみを忘れさせてくれるようです。

信仰のもつ力

ミサでいつも出会うおばあさんがいました。彼女は信仰のもつ力をありのままに示しているような人でした。「自分は死をおそれない、死は我々にめぐまれる休息なのだ」と信じていました。


古い木造の教会と村人たち

一般に、信仰をもつということは、自分以外のものに依存する人間の弱さとみなされがちです。一方、科学技術が進み、合理主義が支配的な社会では、信仰は迷信のたぐいと考えられたりもします。しかし、心のおだやかさと他人への思いやりをはぐくむ良い点があるのも事実だと思います。

 

一口メモ

キリスト教は、仏教やイスラム教とならんで、世界中にひろがった宗教です。ユダヤ教という宗教のなかから生まれたので、教えやお祭りに共通する部分もあります。
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