民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―民具の最初の現地調査
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民具の最初の現地調査
─ 民具の実測調査をした最初のフィールドは、どこだったんですか?
近藤 三面(みおもて)でした、新潟県の。今はダムができて湖の底に沈んじゃったところです。当時は筑波大学の院生だった佐野賢治さん(神奈川大学教授)が中心になって『朝日村の民俗』(朝日村教育委員会 1978年)という報告書をまとめたときでした。
─ この「アラマキの作り方」って、近藤雅樹作と書いてある。
近藤 三面川でとれる鱒の新巻です。保存食ですね。作り方を土地の人から教わって図解したんです。実測図だけじゃなく、こういった聞き取りの内容をイラストに起こすということもやりました。
─ これは、イラストですね。
近藤 そうです。『朝日村の民俗』は、ぼくが民具実測を担当した最初の民俗調査でした。
※三面のアラマキ作り〈『朝日村の民俗』新潟県岩船郡朝日村教育委員会 1978年〉より
─ いつごろですか?
近藤 1977~78年です。そのあとが琵琶湖です。沿岸漁業を中心に5年間調査しました。滋賀県とは、そのあともずっとお付き合いがあります。梵鐘(ぼんしょう)作りの調査もそうですね。
─ 鋳物師(いもじ)ですね。
近藤 そうです。私が調べさせてもらったのは、主に五個荘町の西沢吉太郎さんのお宅です。滋賀県には湖東町などにも梵鐘をてがける鋳物工場がいくつかありますけど、代々家業を継いでおられる西沢さんのところは、一番古風な作り方をされていました。その梵鐘作りの一部始終は、その後、情報システム課の田上仁志さんにカメラを回してもらって『梵鐘づくり』(国立民族学博物館 1997年)という映像記録にもしました。
─ 鋳物の中でも、梵鐘は、一番高級というか、複雑でむずかしいですよね。
近藤 そうですね、音を、それも美しい音色を出さないといけないですからね(笑)。
─ 鍋はどんな音がしてもいいけど、釣り鐘はね・・・。
※上下とも、梵鐘の鋳型づくり(西沢梵鐘鋳造所)
近藤 それに、梵鐘は青銅製なんですよ。鍋釜は鉄。その違いもあります。
─ 青銅はもっとむずかしい? 割れる?
近藤 鉄よりも技術が古い。青銅器時代からのものですから・・・。ひとくちに鋳物師といっても、もっぱら鍋釜をつくる人たちと、梵鐘をつくる人たちとは、系統が違うと言っています。実際には、梵鐘も鍋釜もつくっている人たちもいるんですがね。鳥取県の倉吉の鋳物師などがそうですね。
─ 鳥取にも鋳物師がいる・・・。
近藤 倉吉の鋳物師は有名です。千歯こきの刃などは、倉吉からずいぶん全国に流通しているんですが、ほとんどは鍋釜などの鉄製品を扱っていました。梵鐘はなかなか売れないんですから。今でも滋賀県に梵鐘工場が多いのは、京都に近いのでお寺さんから注文をとりやすかったということもあるんでしょう。
- 【目次】
- 千里ニュータウンと地域の農具|美大でおぼえた民具の図解|神聖視される酒造の道具|描いているうちに、絵よりモノのほうがおもしろくなった|イラストレーター時代|民具の最初の現地調査|栴檀は双葉より芳し|民具とはなにか?空き缶も民具になる|母から娘へ伝えられる「おんな紋」|モノがもつ魂|博物館で展示企画にあたる|「人魚のミイラ」――標本資料の真贋|少女たちの霊的体験の研究|「人はなぜおまじないが好き」|海外の日本民具を調査|近代日本のへんな発明 ─『ぐうたらテクノロジー』|*(参考資料)さまざまな画法*