研究テーマ・トピックス|平井京之介
- タイの日系工場
- 目が良く器用といわれるアジア女性
日頃使っている電気製品や衣類、おもちゃや文房具などがどこでつくられているか知っているだろうか。その多くがアジアでつくられている。台湾やマレーシア、タイ、中国など、アジア各地に日系企業の工場が建設されている。こうした工場では誰がどんなふうに働いているのだろうか。
アジア各地につくられた先進国企業の工場で働く労働者は、その大半が10代後半から20代の女性である。彼女たちについて、低賃金と劣悪な労働環境のもとでいかに無情な搾取にあっているかという否定的なイメージが語られてきた。いわば現代の女工哀史というわけである。
- タイ日系工場の新入社員
社会学やフェミニスト研究は、アジアの現地工場で働く女性は二重の抑圧を受けていると指摘する。職場においては、雇用者や現場監督から冷酷な扱いを受ける。家庭では、工場収入によって経済的貢献をしていながら、いっこうに低い地位にとどまっている。こうした二重の抑圧は、アジア社会で広く受け入れられている女性の役割や地位についての考え方によって補強されている。女性は夫を補助する二次的な労働力にすぎないという慣習的な見方によって、彼女らの職場における低い賃金や服従的な地位が当然視されていると言うのだ。
こうした指摘はどの程度妥当性のあるものなのであろうか。日本の経済的繁栄は、ひどい労働環境のもとで働かされるアジアの女性工場労働者の苦しみという犠牲の上に成り立っているというのは本当だろうか。
- 家に帰れば農作業が待っている
- 職場で知り合いゴールイン
北タイの工業団地におけるわたしのフィールドワークからわかったことは、話はそんなに単純ではないということである。確かに一方では、作業スケジュールの厳格性や勤務時間中の絶えざる監視などによって彼女たちは抑圧されていると感じている。しかし他方において、村の農業労働や家事労働に従事し、低賃金しか得られないうえに両親や親族から恒常的に監視されるよりも、工場労働をより好ましいものであり、伝統からの解放とさえ考える場合もある。工場労働において彼女たちは、利用可能なその他の賃金労働と比べて格段によい労働条件を享受しているのであり、自ら稼いだお金で好きなものを買うという経験をしている。テレビやステレオを買い、家を新築するなどといった願望をかなえることができるようになっているのだ。さらには、工場へ働きにでることによって、結婚や性などについて自ら判断して行動する可能性を増大させている。
これまでのアジア女性工場労働者についての報告においては、こうした側面があまりにも軽視されてきたのではないだろうか。彼女たちのさまざまな日常的経験が、「女工哀史」という極度に単純化されたステレオタイプに還元されてきた。先進国の状況と比較して、アジアの女性工場労働者が「だまされている」と指摘したところで、彼女たちのなにがわかったと言えるだろうか。彼女たちの多様な声にもっと耳を傾けていく必要があるだろう。
【参考文献】
1995年「家を化粧する──北部タイの女性工場労働者と消費──」『民族学研究』59巻4号pp.366-387
1996年「北タイの工場社会における権力と相互行為──日系文具メーカーの事例から──」『国立民族学博物館研究報告』21巻1号pp.1-76