国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究テーマ・トピックス|印東道子

オセアニア地域の文化史的特徴

 
1.オセアニア
ングルー環礁に伝わる伝統的カヌー
パラオとヤップ島の中間にあるングルー環礁に伝わる伝統的カヌー

オセアニアは日本の南、太平洋地域に広がる海洋世界で、大小あわせて2万をこす島々が散在する。メラネシアの一部の島では紀元前3万年をこすころから人間が居住を始め、色が黒くて髪が縮れているなどの特徴をもつオーストラロイドと呼ばれる人々が生活していた。この人々は島と島の距離が近いニアーオセアニア(ソロモン諸島まで)に居住しており、旧石器文化段階の採集狩猟生活を営んでいた。


紀元前1300年ごろに、東南アジア島嶼部からモンゴロイド系のオーストロネシア語を話す人々が拡散してきた。ラピタと呼ばれる美しい土器を作ったこの人々は、タロイモやヤムイモなどの根裁農耕を行い、イヌ、ブタ、ニワトリの家畜も飼っていた。この人々は帆のついたアウトリガーカヌーをあやつり、オセアニア全体に広まっていった。


オセアニアは周囲を海で囲まれ、資源的な制約の多い島嶼環境であることに特徴がある。人間が一定の自然環境のなかでどのように生活し、社会を発展させたかを研究するには理想的な地域として認識され、多くの人類学者がフィールドワークを行ってきた。


オセアニア地域は便宜上、ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアの3地域に区分されている。ポリネシアはハワイ、ニュージーランド、イースター島を頂点とする三角形の地域の内部、西側の残りの島々は赤道以北がミクロネシア、以南がメラネシアである。

 
2.ミクロネシア

ミクロネシアは小さな島々という意味で、オセアニアの中で日本にもっとも近いところに位置する。グアム、サイパン、テニアンなどのマリアナ諸島をはじめ、ヤップ、パラオ、チューク(トラック)、ポーンペイ(ポナペ)、コシャエ(コスラエ)、マーシャル諸島、キリバス(ギルバート諸島)などの島々が含まれる。ヤップとチュークの間にはたくさんの環礁と呼ばれる海抜2メートルぐらいの低いサンゴ島が広がっている。西部ミクロネシア(マリアナ、ヤップ、パラオ)と、東部ミクロネシアでは言語及び文化がかなり異なっており、「ミクロネシア人」と呼べる人々は存在しない。


ヤップ島の石貨
ヤップ島の石貨
パラオのアイライ村の集会所
パラオのアイライ村の集会所。
壁面にストーリーが描かれている
 
3.メラネシア
土器をつくり続けている女性
ブラ!(こんにちわ)長い土器つくりの歴史を持つフィジーで、今日も土器をつくり続けている女性

メラネシアは黒い島々という意味で、面積の大きな火山島が多い。そこに居住する人々は、メラネシア北部に数万年前から居住してきた旧石器時代の人々の直径の子孫あるいは混血であり(オーストラロイド系)、ポリネシアやミクロネシアの人々に比べて肌の色が黒く髪の毛が縮れている。文化的にも首長制をとっており、マナや秘密結社の存在が社会秩序を保つのに役立っていた。メラネシアの島にはニューギニア、ソロモン諸島、ヴァヌアツ、ニューカレドニア、フィジーが含まれる。


メラネシアの住民の形質的特徴がポリネシアの人々とあまりに違うので、以前はポリネシアの人はメラネシアを通らずに東南アジアから拡散したと考えられてきた。しかし考古学の調査で、多くの島で古い文化層(今から2000~3000年前ごろ)からラピタと呼ばれる土器が見つかり、これこそポリネシアまで移動していったモンゴロイド系の人が残していった証拠であることが明らかになっている。つまり、ポリネシアの人々が通り抜けていった後に、それまでメラネシアに住んでいたオーストラロイド系の人々がフィジーまで広まったのである。

 
4.ポリネシア
トンガのハモンガ巨石遺構
トンガのハアモンガ巨石遺構

ポリネシアは、多くの島々という意味で、北半球にはハワイ諸島、その他は南半球に散在している。西から、トンガやサモア、タヒチ、クック諸島、イースター島、ニュージーランドなど、なじみのある名前の島々が多い。


ポリネシアは、他の二地域に比べると文化的にも言語的にも均一性が高い。これは、人間集団の拡散が比較的最近行われたことを意味する。メラネシアを通って西ポリネシアのサモアとトンガに最初の人間が達したのが今から3000年前ごろであった。その1000年後ごろに再び東へと移動をはじめたポリネシア人は、タヒチのあるソサエティ諸島やマルケサスまで太平洋を横断し、そこからハワイ(紀元後700年)、イースター島(紀元後700年)、そして最後にニュージーランド(紀元後1250年)へと拡散した。また、一部は南米大陸にまで行ってサツマイモなどを持ち帰った人々もいたと考えられている。


サモアのゴザつくり
サモアのゴザつくり

ポリネシアでは首長階級と平民階級がはっきり分かれた階層社会が発達し、タコノキの葉で編んだござや、木の皮をたたいてのばしたタパなどの手工芸が盛んだった。土器はサモアで消滅し、それ以降、ポリネシアは無土器文化となり、調理には石蒸し焼き用の炉が利用された。