国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究テーマ・トピックス|石毛直道

食文化の比較研究
 
中国での麺類の調査(洛陽市場 羊肉湯面)
中国での麺類の調査(洛陽市場 羊肉湯面)

学生時代、わたしは考古学を専攻していました。考古学は出土したモノ、すなわち物質文化を検討することによって、歴史や文化を再構成する学問です。そこで、実測図をつくったり、写真を撮ったりして、モノの記録をつくるトレーニングをうけました。


若い頃はフィールドでモノの記録を作成し、それにもとづいて論考を展開する仕事をいくつもおこないました。その代表作は『住居空間の人類学』(鹿島出版会SD選書1971年)です。この本では、わたしの調査したアフリカやオセアニアの8つの社会の住居を比較研究し、「人間にとって住居はどのような意味をもつのか?」というテーマを、物質文化と社会人類学の両面から追求しています。


近頃はモノの研究から遠ざかっておりますが、京都大学人文科学研究所の共同研究「中国技術史の研究」で発表した「押しだし麺の系譜 -- 河漏・ビーフン・スパゲッティ -- 」(田中淡編『中国技術史の研究』同朋舎1998年)という論文があります。これは麺つくりの道具の研究で、世界の麺類の文化史をあつかった著書『文化麺類学ことはじめ』(角川文庫1995年)の延長線上にある仕事です。


食いしん坊で、料理好きのわたしは、世界の食文化の比較研究にのめりこみました。食べ物は口に入れたらそれでおしまいで、住居や道具のように形が残りません。この消費される物質文化を相手にしているうちに、食事に関する事柄全般に研究がひろがりました。食に関する著書、論文は多数ありますが、1冊だけあげるとすれば『魚醤とナレズシの研究 -- モンスーン・アジアの食事文化 -- 』(岩波書店1990年)ということになります。漁業生態学を研究するケネス・ラドル博士とアジア13カ国におけるフィールド・ワークをおこない、塩辛、魚醤油、ナレズシなどの魚の発酵食品を手がかりに、東アジア・東南アジアの味覚の基層をさぐり、水田稲作地帯の食事文化を検討した作品です。また、数年間かけて執筆した日本の食文化の歴史に関する著書であるHistory and Culture of Japanese Foodの原稿が完成し、いま海外の出版社と刊行交渉をしているところです。


現在とりかかっているのは、物質文化や食とはかかわりのない、わたしとしては異色の仕事です。「文」と「武」、「忠」と「孝」、「公」と「私」などのキーワードを手がかりに、東アジア社会の歴史の比較を試みる文明論を展開してみたいのです。すでに、韓国と中国の国際学会で、構想の一部を発表したことがありますが、その全体像をまとめた著書を刊行する作業にとりくんでいます。予定では一年前に完成していたはずなのですが、まだ三分の二しか書きあげておりません。独立行政法人化の検討など、館長商売が多忙で、研究者としての仕事をする時間がないことをぼやいている、この頃です。