国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

研究テーマ・トピックス|岸上伸啓

先住民による海洋資源の利用と管理

 
極北地域の夏の風景
極北地域の夏の風景

平成11年4月より先端民族学研究プロジェクトとして「先住民による海洋資源の利用と管理」に関する研究を開始しました。この研究は、私が研究代表者となって行っているグループ研究です。具体的には、平成11年度から13年度までの期間に学術振興会科研費による海外調査と国立民族学博物館の共同研究会を実施してきました。


共同研究プロジェクトにおける私の役割は、プロジェクト全体の総括とカナダ極北地域における海洋資源の利用と管理に関する研究です。ここでは、プロジェクト全体と自分自身の研究についてご紹介したいと思います。

 
(1)「先住民による海洋資源の利用と管理」に関する研究
シロイルカの肉やマッタックの分配風景
子どもの背丈ほどあるホッキョクイワナ


シロイルカの肉やマッタックの分配風景 今回のプロジェクトでは環太平洋地域と極北地域に対象地域を設定し、カナダ極北地域やロシアのカムチャツカ半島(寒冷地域)、アメリカの北西海岸(亜寒冷地域)、オーストラリアやニュージーランド(温帯地域)、インドネシア、フィリピン、ソロモン諸島、トレス海峡(熱帯地域)にすむ先住民がいかに海洋資源を利用し、管理しているかを研究しています。とくに、生業と商業、先住民権と資源利用、立法と慣習法をめぐる法的な相克、持続的な資源管理と保全、民俗知識と環境問題など、先住民の資源利用をめぐる現代的な諸問題に関して比較研究を通して明らかにしようとしました。

 

比較の結果、いくつかの地域的な違いや問題点がでてきました。なお、ここでは比較を行うために、高緯度を北、低緯度を南と呼んでおきます。


北:カナダ極北地域、北米の北西海岸地域、ロシアのカムチャツカ地域
南:インドネシア、フィリピン、ソロモン諸島、トレス海峡、オーストラリア、ニュージーランド

 

【生態的条件の差異】北よりも南の方が海洋資源の種類に多様性があります。

海氷上でのアザラシの呼吸穴猟
海氷上でのアザラシの呼吸穴猟
アゴヒゲアザラシを解体するハンター
アゴヒゲアザラシを解体するハンター
 
子どもの背丈ほどあるホッキョクイワナ
子どもの背丈ほどあるホッキョクイワナ

【生業と商業】カナダ、アメリカ、ロシア、オーストラリアの先住民の間では、アザラシ、シロイルカ、サケ、グジラなど水産資源の捕獲と利用はおもに生業であり、自家消費用です。一方、インドネシアやフィリピンなど熱帯地域のナマコやフカヒレなどの水産資源は商業目的です。

後者は、華人の仲買人らが指定するナマコやフカヒレなど資源を売り、その金で食料品を購入しています。前者の人々は同一の資源を持続的に利用する傾向があります。後者の人々は仲買人の指示に従って、高値で売れる資源を取り尽くす傾向があります。その資源を取り尽くすと別の場所に行き、同じ資源を取るか、同じ場所で異なる資源を取るかのいずれかの経済戦略をとっています。

 
シロクマの毛皮を手入れするイヌイット
シロクマの毛皮を手入れするイヌイット

【先住民権と資源利用】カナダ、アメリカ、ロシア、オーストラリア、ニュージーランドでは、ある程度、先住民による水産資源の捕獲や利用に関する権利が認められています。一方、フィリピンやインドネシアにおいては、水産資源はオープンアクセスの資源です。フィジーのナマコやミクロネシアのシャコ貝など特殊海産物(鶴見)はオープンアクセスのもとでは取り尽くされたことがあります。


【立法と慣習法をめぐる法的な相克】慣習法と国法、国際法の間では特定の水産資源の利用をめぐり矛盾が生じています。例えば、捕鯨は国際問題ですが、多くの先住民とほかの国際社会との間には対立が見られます。日本の沿岸小規模捕鯨や極北先住民の先住民生存捕鯨は、国際的には承認されていません。水産資源の利用をめぐってさまざまなレベルで紛争が発生しています。

 
初秋のアクリヴィク村
初秋のアクリヴィク村
初冬のアクリヴィク村の様子
初冬のアクリヴィク村の様子
スノーモービルを走らせるイヌイット
スノーモービルを走らせるイヌイット
船外機付きカヌー
船外機付きカヌー

【持続的な資源管理と保全】カナダやアメリカでは国家と先住民の当事者とによる持続的な資源管理が実施されていますが、ロシアやインドネシアなどではそうではありません。後者の場合は、個人的な規制やサシなど共同体による規制の管理が行われていることがあります。


【民俗知識】資源管理を実施する場合、政府や科学者がよって立つ科学的な知識と、先住民らがもつ民俗知識との間には葛藤が見られます。水産資源の管理においてはこれまでは先住民の知識が活用されてきたとは言い難いですが、カナダなどでは共同管理や先住民主導の水産資源管理が実施されつつあります。


【環境問題】北極海周辺の北方地域を中心にPCBやDDTなど残留性有機物質による環境汚染が進んでおり、食物連鎖によって有害物質が水産資源に伝達されるため、食料としての安全性が問題になってきています。この問題は地球全体の水産資源にあてはまることです。しかし生態系のメカニズムによって北方地域の環境汚染の方が、低緯度地域にくらべより深刻な問題であると言えます。


平成11年度から平成13年度に実施した共同研究会「先住民による海洋資源利用と管理」によって次のような見解に達しました。


1)資源管理とは、特定の種を持続的に利用するための数の管理とその資源の安全性に係わる質の管理から成り立ちます。さらに資源利用をめぐる葛藤を防いだり、処理をする社会的な管理も必要です。さらに特定資源の利用と分配について社会的な公平性が保障されるべきです。


2)現代の先住民による資源の利用や管理は、生態学的な条件よりも国家による規制(政治・行政)や商業生産(経済)のあり方と深く関わっていると思われます。したがって、水産資源の社会的分配や商業流通とその資源管理との関係を解明することが次の重要なテーマです。

 
(2)「カナダ極北地域におけるシロイルカ資源の利用と管理」
1)フィールド調査について
シロイルカを探すハンター
シロイルカ猟の様子
シロイルカ猟の様子
初冬のアクリヴィク村の様子
シロイルカの肉やマッタックを村の浜辺にあげる
シロイルカの肉やマッタックを村の浜辺にあげる

私は現在、カナダ・ケベック州極北部ヌナビク地域のアクリヴィク村を中心として現地調査を行なっています。極北地域は寒冷ツンドラ性気候であり、寒く長い冬と涼しい短い夏によって特徴づけられます。冬には海に海氷が広がり、見渡す限り、白い世界が広がります。


冬は日照時間が短くなり、気温も零下30度以下になることがあります。夏には海と樹木がほとんどないツンドラ地帯が広がっています。そして日照時間がながくなりますが、気温は10度を超えることはまれです。


アクリヴィク村には410名あまりのイヌイットが住んでいます。村には90あまりの住宅の他に、村役場、学校、駐在所、看護所、生協の店舗、発電所などがあります。多くの人は村の中で賃金労働に従事していますが、夏や週末には狩猟・漁労に従事しています。


私は村の中のある世帯に下宿をし、その家の狩猟・漁労活動、獲物や食事を通しての食物分配を参与観察しています。また、シロイルカ猟やアザラシ猟に同行し、狩猟や獲物の分配に関する調査を行なっています。


さらに、現在のイヌイットがどのように海洋資源の管理を実践し、また、資源利用においてどのような問題に直面しているか、それに対しどうのように対処しているかを村レベル、地域レベル、国レベルで調査を行なっています。

 
(2)これまでの研究成果
シロイルカのマッタック(脂肪付き皮部)
シロイルカのマッタック(脂肪付き皮部)
シロイルカの肉やマッタックの配分風景
シロイルカの肉やマッタックの配分風景

2-1 シロイルカなど海獣資源は現在のイヌイットにとって重要な食料資源です。シロイルカの脂肪付き皮部(マッタック)はイヌイットの大好物です。極北地域でとれる海洋資源は、カナダや米国の工場で製造された食料品と比べ、栄養価が高く、かつ経済的です。さらに、海獣資源を食べることはイヌイットのアイデンティティの源泉であり、文化的な意義があります。さらに、捕獲された動物の肉や魚は特定の人間関係(親戚や友人、隣人関係)にそって分配されます。この分配という実践によって、それらの社会関係は維持されるのです。


2-2 現代のイヌイットが狩猟や漁労を行うためには、ライフルやその銃弾、ガソリンなどを購入するための現金が必要です。村で定職を持っている方が、そうでない人よりもより頻繁にかつ効率的に狩猟や漁労を行っています。村長や村会議員は「ハンター・サポート・プログラム」などのケベック州政府支出の制度を利用して、村人により平等にシロイルカやセイウチなど大型海獣の肉が行き渡るよう工夫をしています。なお、ハンター・サポート・プログラムとは、「ジェイムズ湾および北ケベック協定」によってケベック州政府によって1981年に創出されました。このプログラムの目的は、生活様式としてのイヌイットの狩猟や漁労、ワナ猟を促進させ、かつそのような活動によって得られる産物の供給をイヌイットに対して保障することです。例えば、アクリヴィク村ではこのプログラムを利用して村のハンターを派遣し、シロイルカやセイウチ、ホッキョクイワナを捕獲させ、獲物を村人に無償で提供させています。

 
カリブーの肉を食べる子どもたち
カリブーの肉を食べる子どもたち
シロイルカの干し肉
シロイルカの干し肉

2-3 地球の温暖化や極北地域の環境汚染により、イヌイットは食料資源の確保や安全性について危機的な問題に直面しつつあります。この解決には地球規模で取り組む必要があります。資源管理には、いかにして食料資源の安全性を維持するかという課題が含まれます。


2-4 シロイルカ資源の持続的な利用を目指して、1996年より2001年春までカナダ政府とヌナヴィク地域のイヌイットは資源の共同管理を実施しました。しかしながら、政府の役人や海洋生物学者とイヌイットとの間には資源量に関して見解の相違が見られ、うまく協力しながら資源管理を実施してきたとは言えません。文化人類学者の役割のひとつはイヌイットと政府の役人や生物学者など外部社会との仲介役となり、両者が理解でき、有意義だと考える資源管理システムをつくり出すことを助けることであると私は考えています。