研究テーマ・トピックス|小長谷有紀
- 母子関係のきずなを回復させる「子とらせ」作業
- 毛刈り作業に儀礼をともなわないのが特徴
- ヒツジの去勢儀礼
モンゴル国および中国内蒙古自治区を含むモンゴル高原では、家畜とともに季節的に宿営地を移動させる遊牧が展開されてきた。春は春営地で家畜の出産を迎え、夏は夏営地で家畜の乳をしぼり、秋は転々と移動して家畜を肥らせ、冬は冬営地で家畜とともに越冬する。
このような一年のサイクルのなかに、三つの牧畜儀礼(乳を搾り始めるときの儀礼、オスの家畜を去勢する儀礼、家畜を屠るときの儀礼)が埋め込まれている。乳搾りの儀礼は、メスの出産を契機にした増殖儀礼であり、屠りの儀礼は、死を契機にした増殖儀礼であり、去勢の儀礼は、そうした生死のサイクルから離脱させる儀礼である。
一般に、牧畜とは動物の増殖をコントロールする技術の総体であると言える。モンゴル遊牧民たちも、実際に生を助ける一方で、性を制御したり、死をもたらすなど、増殖をコントロールしている。しかし、彼らが実践してきた儀礼には、彼ら自身、家畜の生死を天にゆだねているという心的態度が明瞭にあらわれている。