国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

陸を越え海を渡ったモノ(6) ─インドのガラスミラー─

異文化を学ぶ


インド北西部には、ガラスミラーの破片を布に縫い付けるミラー刺繍(ししゅう)という技法がある。反射してきらきらと光るガラスミラーは邪視よけや暗い室内での明かりとりとして、この地方で盛んに使われている。ガラスミラーは、吹きガラス技法によって球状にしたガラスの内面に、溶かした錫(すず)をはりめぐらせたものである。

吹きガラス技法がいつごろ、どこで始まったかについての定説はないが、前1世紀の中・後半ごろ、ローマ領シリア地方であると考えられている。この技法が広く普及することになったのは、それまでの手間ひまのかかる鋳造ガラスなどの技法とは異なり、パイプの先に溶けたガラスをつけ、息を吹き込んで自由に成形することができるからである。そのため、ガラス容器の大量生産と低価格化が可能となった。

17世紀のムガル帝国時代は、ペルシャや中央アジアから多くの工芸職人が呼び寄せられ、インドの工芸技法へ多大な影響を与えた時代であった。吹きガラス技法も、ローマン・ガラスの伝統を引き継いだササン・グラスやイスラム・グラスを経て、ペルシャ人技術者によって、ムガル帝国時代に急速に発達した技法である。現在、出来上がると同時に出荷用として割られてしまうガラスミラーを当時の職人たちが見たらどう思うであろうか。

国立民族学博物館 上羽陽子
毎日新聞夕刊(2008年9月10日)に掲載