私はマラリア対策にかかわったことがある。そのときの仕事の一つが蚊帳を配ることだった。マラリアは蚊が運ぶので、蚊帳の使用が予防につながる。配っていた蚊帳は、中が透けて見える涼しげな化繊のものだった。こうした蚊帳はアジアの国々では店でも普通に売られており、人々の間で広く使われている。
先日ラオスであるお宅を訪ねたときのこと。部屋の奥に大きな布が箱形に張られているのに気づいた。何だろうと思って近づいてみると、驚いたことに、その内側には化繊の蚊帳が吊(つ)ってあった。
当初は蚊帳が布の中に吊ってある理由が分からなかったが、後にラオスの伝統的な蚊帳を見て合点がいった。綿の布などでつくられた伝統的な蚊帳は、中が見えにくく、大勢の家族が寝起きをともにする部屋のなかで、個人の空間をつくり出すことができる。化繊の蚊帳を布で覆っていたのも、中が透けて見えてしまう短所を補おうとしたのだろう。
マラリア対策に携わっていた私にとって、蚊帳は病気から身を守るための手段であった。しかしラオスでは、人目を避ける間仕切りでもあったわけである。ラオスの蚊帳との出会いは、私の蚊帳を見る目を変える忘れ難いものとなった。
シリーズの他のコラムを読む
-
(1)動詞で見る 小林繁樹
-
(2)根源美 八杉佳穂
-
(3)手を動かして目を鍛える 上羽陽子
-
(4)ラオスの蚊帳 白川千尋
-
(5)織物は招く 樫永真佐夫
-
(6)目利きの真偽 三島禎子
-
(7)手にとる 佐々木利和