韓国には、60歳の還暦を盛大に祝う習わしがある。子や孫たちがお祝いに集まり、それはそれは和やかで、傍目(はため)にも微笑(ほほえ)ましい宴(うたげ)だ。主人公の前には、豪華な食べ物がうず高く積まれる。
ところが、ある米国の人類学者はその御馳走(ごちそう)が葬式供物と同じだと指摘した。不吉でギョッとする横やりだが、実はこれにも一理あり。
理由の一端は墓にある。韓国の墓と言えば、遺体を土葬し、盛り土をした饅頭(まんじゅう)型の伝統墓地が有名だ。先祖代々の山の中、そんな墓地で韓国人は眠りたがった。
ただ、墓地に埋葬されるためには、一つ条件がある。自分を祀(まつ)ってくれる跡取りをもうけておくことだ。条件を満たせず死んだ者は、火葬のうえ、山海に散骨し、存在を歴史から消す。その散骨風景の悲壮さたるや!
かつて還暦ともなれば子も孫もいるものだった。人事を全うし、自分の祭祀(さいし)は保障されていた。ならば、還暦祝いは無事な葬儀が約束された前祝いだったのだ。
近年、韓国でも晩婚化が進み、生涯独身者も増えてきた。墓守りの難儀も疎まれる。いまや伝統墓地を選ぶ人は減り、逆に火葬場と合祀(ごうし)納骨堂が好まれている。
シリーズの他のコラムを読む
-
(1)別れは陽気な記憶と共に 新免光比呂
-
(2)伝統の中で眠れる幸せ 太田心平
-
(3)死者との会食 庄司博史
-
(4)寂しい別れ 三島禎子
-
(5)死者はどこに 白川千尋
-
(6)お墓のないはなし 三尾稔
-
(7)肝だめし 近藤雅樹
-
(8)死者の日 中牧弘允
-
(9)土葬と吸血鬼 新免光比呂