国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

ことばの達人

(1)街角の出会い  2011年6月2日刊行
新免光比呂(民族文化研究部准教授)

観光客が集うイスタンブールの街角
多言語話者という言葉がある。いくつもの言語を用いる人のことである。バルカンには多い。かつて羊飼い、商人であったブラフ人は多言語集団であったし、現在でもポマク人たちはブルガリア語、ギリシア語、トルコ語を話す。

もっとも多言語話者はバルカンばかりではない。日本にも多言語に通じた人がいる。

ある時、イスタンブールの街角でトルコ人青年に日本語で話しかけられた。たいへんうまい。おじょうずですねと褒めたら、いいえ日本の方にもっと勉強しろと叱られましたとぼやく。聞くと、その日本人は数カ国語を流暢(りゅうちょう)に話し、さらに多くの言語に通じていたという。はて、外国の青年を叱り飛ばし、多言語ができる日本人なんて多くはない。ひょっとしたら民博の名誉教授だった故江口一久さんではあるまいか。いやそうに違いない。江口さんはことばの達人であった。中国語、アラビア語、ベトナム語、英語に仏語、独語を話し、さらにアフリカの言語で昔話を直接に収録された。

世界の言語は英語だけでいいと思う人もいる。しかし、多言語話者は複数の世界をその心の中に抱え、より豊かに生きているとはいえないだろうか。
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