私の恩師であるロベルト・ガルフィアス教授(民族音楽学)は言葉の達人である。英語とスペイン語のバイリンガルで育ち、大学でドイツ語、フランス語を学んだあと、最初の調査地だった日本を皮切りに、数年ごとに世界各地で長期の調査を行い、ビルマ語、ルーマニア語、トルコ語といった系統の異なる言語を習得した。つまり、日本語を含め8カ国語をあやつるのだ。
しかし、ガルフィアスさんの天賦(てんぷ)の才は、話せる言葉の数だけではない。ある言語で育った人の気持ちをキュッとつかんでしまうような表現のニュアンスをよく理解していて、絶妙のタイミングでそれらを使う。最近は日本語の上手な外国人が増えているが、母語がもつ思考のパターンを単に日本語に置き換えているような人も少なくない。
数年前、ポルトガルに一緒に調査に行ったとき、彼はちゃんと予習をしてきていた。タクシーの運転手やレストランの店員などに、どんどん話しかける。そして、短い滞在だったが、かなり感覚をつかんだようだった。人との話を楽しむすべを本当によく心得ているからだろう。もうすでに70歳を超えていたガルフィアスさんは、いたずら坊主のような表情で私に言った。「これで九つ目ですよ」
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