国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

風を求めて

(5)砂漠の弓矢猟師  2012年8月2日刊行
池谷和信(国立民族学博物館教授)

獲物を狙う弓矢猟師のダマンベ氏=アフリカのカラハリ砂漠で、筆者撮影

アフリカ南部に広がるカラハリ砂漠は、地平線まで潅木と草本でおおわれた大海原のような景観が続く。ここでは日中の気温が35度近くの高温になることも多く、目印となるものや、日陰の場所もあまりなく、途方に暮れてしまう。

ある日、私はカラハリ砂漠の先住民であるダンマベ氏と狩猟に出かけた。彼は、現在でも弓矢猟に従事する最後のハンターである。途中、動物の足跡をみては動物の居場所を推測する。この日は細長い2本の角を持つ、カモシカに似た動物ゲムスボックを見つけるや否や、彼は裸足になってゆるやかな風の方向を気にしはじめた。動物の風上に人がいると、動物が人の気配を感じて逃げてしまうというのだ。

彼は、風下に向かい腰をかがめて潅木の陰に隠れながら少しずつ動物に接近する。そして、10メートルぐらいの距離で矢を放った。獲物に矢を当てたものの、矢に塗った毒は強力ではない。翌日、彼と私は動物の足跡を追って、半日がかりで獲物にたどり着いた。

近年、この地域に馬が導入されて、騎馬猟が広まっている。この場合、トロール漁業のように根こそぎ動物を捕獲できるが、そのために足跡を読み風の方向に細心の注意を払うという意識が彼らのなかで薄れつつある。

シリーズの他のコラムを読む
(1)地中海のほとりにて 菅瀬晶子
(2)保留地から都市へ 伊藤敦規
(3)都市を漕ぎ渡る 小川さやか
(4)いにしえの航海者たち 丹羽典生
(5)砂漠の弓矢猟師 池谷和信
(6)国境の向こうから 菅瀬晶子
(7)風景に刻まれた歴史 笹原亮二
(8)モンスーンに吹かれて 佐藤浩司