国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

音の響き

(4)虫の知らせ  2013年7月18日刊行
寺田吉孝(国立民族学博物館教授)

滞在した村で、川の竹橋を渡る兵士たち=フィリピンのミンダナオ島で、筆者撮影

フィリピン南部のミンダナオ島には、イスラム教徒が数多く住んでいる。彼らが演奏する音楽を調査するために、ある村を訪れたときのことだ。この地域は政情が不安定で外国人などの誘拐が多発するので、安全を期して兵士に同行してもらっていた。夜は警護が難しいので、村に泊まったのは一晩だけ。民家の2階で眠ることになり、兵士たちは玄関のそばに陣取った。

村の夜は、キーンと音が聞こえてくるような錯覚に陥るくらい静かである。調査の疲れからか床につくとすぐに眠りに落ちたようだ。夜中に目が覚めると虫の音の大合唱が聞こえてくる。また錯覚?と思いながらそのまま横になっていたが、やっぱり虫の音だ。耳を澄ましていると実に魅力的な響きが聞こえてくる。少しずつ表情の異なる音が、続いたり、途切れたり、重なったりしながら延々と続く。急に窓からマイクを突き出して録音することを思いついた。この地域には虫をテーマにした曲があることを思い出したからだ。

翌朝、寝ずの番をしてくれた兵士たちと話をすると、彼らもまた虫の声を聴いていたそうだ。しかし、私のように暢気(のんき)に虫たちの合唱を愛(め)でていたのではない。その響きが途絶えないかを聞いていたのだった。招かざる客が不意に訪ねてこないように。

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