国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

生き物

(7)精霊の化身、仮面  2014年7月17日刊行
伊藤敦規(国立民族学博物館助教)

カチーナを模した人形=国立民族学博物館で2012年7月、筆者撮影

昨年4月、フランス・パリの競売会社は、米国南西部の先住民、ホピ族の仮面約70点を出品した。だが商品告示後、ホピ自治政府、博物館、文化人類学者、映画監督のロバート・レッドフォードなど著名人が、取引中止や返還を求める声明を出した。

競売開催の直前、駐仏米国大使が、仮面は盗品で不法に米国外に輸出された可能性を指摘し、オークションの中止または延期のための交渉を試みた。しかしパリの裁判所はこの申し入れに、「前例を作ればフランス国内の博物館の所蔵品の全てが返還対象となる」として却下した。仮面は総額93万1000ユーロ(約1億2000万円)で落札されてしまった。

ホピは伝統的に、非常に乾燥した土地で農耕に従事してきた。過酷な環境だが、カチーナと呼ばれる雨雲や祖霊の化身が畑にやってきて、恵みの雨をもたらすと信じられている。冬至から夏至までの半年間、雨乞いの仮面儀礼が、観光客向けではなく行われる。

競売出品物の仮面は宗教儀礼具だったのだ。ホピの人々は仮面を単なる物質ではなく、生命が宿る精霊と同視する。「仮面」ではなく「友人」という言葉を用いたり、トウモロコシの粉を「友人」に食べさせたりする。ホピには「仮面」の競売行為が、人身売買のような冒涜(ぼうとく)行為に映ったのである。

シリーズの他のコラムを読む
(1)古代から生き続ける豚 池谷和信
(2)寄生虫の博物館 出口正之
(3)格闘し、「くい」、思う 山本睦
(4)カカオ畑のハチミツ 浜田明範
(5)牛とともに 朝倉敏夫
(6)いつかは行きたいイノシシ猟 丹羽典生
(7)精霊の化身、仮面 伊藤敦規
(8)その角が格好良いから 吉岡乾