国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

父親

(6)草原に生きる  2014年12月25日刊行
藤本透子(国立民族学博物館助教)

馬に乗る練習=カザフスタン・パヴロダル州で2004年7月、筆者撮影

夕暮れ時、幼い男の子がまだおぼつかない足取りで、家畜の世話をする父親の後を追いかけ、手にした棒で羊を小屋に追い込んでいく。そんな光景を、カザフスタンの広大な草原に位置する村に暮らすなかでよく目にした。父親を真似(まね)るうちに子どもが知らず知らず暮らし方を身につけていく様子は、見ていてほほえましかった。

こうした父親たちが、実は「失業中」の場合も少なくないことは、後から知った。約20年前に社会主義計画経済から資本主義市場経済へと移行した際、国営農場でトラクター運転手や牧夫として働いていた男性の多くが職を失った。学校や病院など女性の多い職場は存続したため、母親には職があるが父親には職がないという状況も生じた。今も、失業は深刻である。

しかし、父親たちが多くの時間を費やして世話する家畜は、そのミルクや肉が食卓を彩るばかりでなく、バザールで売られて一家の臨時収入ともなる。息子が5~7歳になったとき割礼祝いをし、やがては結婚を祝うためにも家畜は欠かせない。「カザフ人はずっと家畜と共に生きてきた」と、ある父親は語る。幼い息子に馬の乗り方を教える父親は、時代に翻弄(ほんろう)されながら、草原に生きる誇りを静かに伝えているように見えた。

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