国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

驚く

(3)あの日見た花の名前は  2015年4月2日刊行
吉岡乾(国立民族学博物館助教)

「名もなき」エキノプス・コルニゲルス=パキスタン・フンザで2014年8月、筆者撮影

パキスタンの山奥へ調査に行くようになって、「日本人は皆が物知り」ということに気付いた。人にもよるだろうが、例えば花、虫、動物、木、星、宝石、国名などの知識を、私たちは知らず知らずのうちに多く持っている。

そう思うようになったきっかけは、現地語の調査で、手近な自然物の名称を尋ねていた時の驚きであった。雨上がりの朝にナメクジを見付けたので、その場でその名称を尋ねたのだが、誰も単語を知らなかったのだ。更には、そこここに咲いているキクニガナ、タチアオイ、点々と生えるマツも、彼らの言語には名称自体がなかった。

どうして身近な物なのに名称がないのか。彼らの回答は簡潔で、生活に関係がないからだと言う。なるほど確かに、有用な樹木や、害虫、害獣や狩猟獣、家畜などに関しては、隙間(すきま)なく名称が与えられていた。かえって、日本語の網羅的な命名のほうが不思議だ。

彼らの地理イメージも予想の斜め上を行く。近くの山を指さして「あの山の向こうはソビエトだ」と言ったり、「チャイナの、栄えている部分をジャパンと言うのだ」と諭してきたりすらする。知っている国名も少なければ、その配置もよく知らないのだ。けれども支障なく日々は暮らせている。

日本人は驚くほど色々(いろいろ)知っている。

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