国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

アラビアンナイト断章

(3)幻の木馬  2016年1月21日刊行
西尾哲夫(国立民族学博物館教授)

アラビアンナイト系の資料が多く所蔵されている、ダブリンのチェスター・ビーティー図書館を訪れた筆者=2009年9月撮影

ペルシアの新年祭でのこと。インドからやって来た博士が空を飛ぶ機械じかけの木馬を王に贈った。世にも珍しい木馬を得て王は大喜び。ところが木馬に試し乗りをした王子は、操縦法を知らぬままにどんどん空を飛び、ついには遠く離れたベンガル国の王女と恋仲になる……。

アラビアンナイトに入っているこの話は『黒檀(こくたん)の馬』という題名でも知られているのだが、どの写本から訳したのかいまだにわかっていない。アラビアンナイトは18世紀に出版されたガラン版と呼ばれるフランス語訳をきっかけとして世界中で読まれるようになったのだが、このフランス語訳のもとになったアラビア語写本には『黒檀の馬』は入っていなかった。

その後、ガラン版以後に作られた写本は確認されたが、ガラン版以前の写本は長らく見つからなかった。

最近、複数の場所でガラン版以前の写本を発見することができた。それらの写本は「アラビアンナイト写本」としてまとめられていたわけでもなく、アラビア文字で書かれていたわけでもなかった。

写本の探索は「ありそうな場所」を探すだけではじゅうぶんではない。「だれも探さなかった場所」に思わぬ宝が埋もれていることもある。

シリーズの他のコラムを読む
(1)写本をめぐる旅
(2)戦火のシンドバッド
(3)幻の木馬
(4)墓がとりもつ縁