国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

緑の男をめぐる冒険

(4)共存の聖者  2016年9月1日刊行
菅瀬晶子(国立民族学博物館准教授)

イスラムとキリスト教が混然と共存する、「緑の男」の聖所=ヨルダン・マーヘスで2009年11月、筆者撮影

 「緑の男」こと聖ゲオルギオスの聖所は、わたしが知る限りでもパレスチナとその周辺に30カ所以上存在する。おそらくもっとあるに違いない。イスラム世界は厳格な一神教世界だと思われがちであるが、実は地方に行けば行くほど、地元にゆかりの聖者や、樹木を崇敬する慣習が残っている。

 そのような場所はその土地全体の聖所なので、宗教・教派にかかわらず、その地域のあらゆる人びとが詣で、願をかける場所になっているのが特徴だ。

 ところが、このようなローカルな聖者崇敬は、イスラム主義の台頭とともに異端視されるようになってきている。パレスチナの農村で、樹木崇敬について聞き取りをしようとしたら、「あんなものは邪道だ」と唾でも吐くように言い捨てられたこともある。現在戦禍に見舞われているシリアでは、IS(過激派組織「イスラム国」)による聖者廟(びょう)の破壊が相次いでいる。パルミラ遺跡でまず破壊されたのも、地元民に親しまれた聖者廟であった。

 イスラム世界は、かつてはムスリムと非ムスリムの一神教徒が共存するのがあたりまえの場所であり、イスラムとキリスト教共通の聖者である「緑の男」こと聖ゲオルギオスは、まさに共存を支えてきた存在であった。今後もゲオルギオスがつなぐ両者の絆が絶えぬよう、切に祈るばかりである。

 

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